「徳川どのの危機・・・・と仰せられまするか」 もはや茶屋四郎次郎は、自分と家康の関係を、夫人の前では隠そうとしなかった。 相手は二人の関係を知りすぎるほどに知っていて、好意ある助言をしようとしているのだ。 「そうじゃ。関白さまご側近の者の欲念が必ずそうした形式を取るぞと、わらわの卜
いに出て来ます」 「また、卜いなどろお戯れを・・・・」 「ホホ・・・・ご側近の方々には、わが身よりすぐれたお方をお側に近づけてはまずかろうでなあ」 「なるほど」 「人間とは妬
みの深いもの。それゆえ徳川どのにお国替えを・・・・など進言すまいものでもあるまい」 「あ・・・・」 「三河から駿河
、遠江 の地は、尾張につづく大切な地ゆえ、関白さま腹心に固めなさるが上分別まどと・・・・さて、そうなったら、そのおり徳川どのにご家中は納得しようか」 「フーム」 「納得せねば、九州は片づき、小田原は征伐したあとゆえ、こんどはゆるゆるとなあ」 茶屋四郎次郎は、わなわなと全身が震えだして来ていた。 (気がつかなかった!) が、言われてみると、確かにそのおそれはあった。武将と功を競う側近の文治派は、小田原を片づけた後できっとそのくらいの進言はするであろう。と、すれば、今からそれに備えておく必要は充分にあった。 それにしても細川夫人とはまた、何という鋭い閃
きを持った女性であろうか。重なる不幸が鍛
えだした叡智なのか? それとも信仰から発した光であろうか? 「なあ茶屋どの、わらわは、このうえ日本に、おのが欲念から醜い争いを起こさせとうはないのじゃ。みなひとしく天帝のお恵みをわかってやりたいのじゃ」 「それはもう・・・・」 「すぐに教えもひろまるまい。が、それにしても無駄な血潮はのう」 「はい、私どもも、それゆえいつも堺衆と力を協
せて・・・・」 「その、堺衆の中にものうお吟さま」 夫人はまたお吟をかえりみて、 「わらわは時おり、こんな夢をひろげるのじゃ。お吟さまがもしわらわと同じ信仰を奉じているのだったら、いっそ茶屋どのに頼んで徳川家の奥へご奉公をすすめようかとなあ」 「まあ、私に徳川家へ・・・・」 「ホホ・・・それは戯
れじゃ。第一お吟さまは今では教会の門はくぐらぬ。それゆえ、いっそ木
の実 どのをとなあ」 「ほんに木の実さまは、いよいよ信仰を固められておられるご様子ゆえ」 「茶屋どの」 「はい」 「この夢はどうであろうな?」 「あの、木の実さまを徳川家へでござりまするか」 「徳川どのは、関白さまの側近などより、ずっと労苦を経て来ておわす。そこの奥から天帝のみ光は射ししめまいか」 「さあ・・・・」 「これは、わらわがふと虚空に描いた夢・・・・そのまま土産にはなりませぬ。が、折りあらば味わい直してみてたもらぬか」 「は。はい」 茶屋は、いつしかびっしょりと汗をかいて、その汗さえも忘れていた。 |