夫人は茶屋の表情の動きを敏感に読みとった。 ご朱印船の認可や、大茶会のご用達
を命じられる背後には、何か茶屋を困らせる 「条件 ──」 がついているに違いない。 夫人には、そうした三成のうごき方が哀れでまありおかしくもあった。 「治部さまは武功の高い荒小姓あがりの方々に負けまいと、お政治向きのことで人一倍ご熱心のようじゃなあ」 「は・・・・はい」 と、茶屋は顔色を固くして口ごもった。 「あれほどお気を使われずとも、戦はしだいになくなろうゆえ、ひとりでに治部さま万万歳のご時世になろうものをなあ」 「は・・・・はい」 「こなた、治部どのが、いちばん心にかけておわす武将の名をご存知か」 「いいえ、そのような儀は」 「教えて進ぜよう。徳川どのじゃ」 夫人はずばりと言ってからお吟を見返って、 「なあお吟さま」 と、意味深げに微笑した。 茶屋四郎次郎の表情には再び、かすかな狼狽の色がうごいた。 夫人はちょっと、自分に嫌悪を感じた。 (そうしたことを素早く見取って喜ぶ人の悪さが、自分にはある・・・・) しかし、それはふしぎな形で、いっそうハッキリと茶屋に向けられた。 「茶屋どのが、治部さまに内を命じられておいでか当てて進ぜましょうか」 言ってしっまってハッとしたが、言い出すとそのまま後へはひけなかった。あるいは自分の想像の違っていることを、自分で確かめようとする自虐かも知れなかった。 「これは恐れ入りました。そのようなことは・・・・」 「ないとお言いなさる。すると、いよいよあったと思う。ホホ・・・やはりわらわは明智の娘じゃなあ茶屋どの」 「恐れ入ったご冗談でござりまする」 「よいか茶屋どの、九州の軍事が済むと、今度は小田原じゃ」 「は・・・・それは・・・・そうかも、知れませぬが」 「そこで治部さまは、まず徳川家に嫁
がせられた朝日夫人を取り戻そうとなさる。口実は大政所さまご病気のお見舞いに・・・・そして、そのあとで徳川家へこんどの敵のお先手
をなあ」 茶屋四郎次郎は明らかに驚嘆
したようであった。 「ホホホ・・・・」 と夫人は楽しむように笑っていった。 「当たりましたなあ、悲しいことに」 「はい、それは・・・・」 「お案じなさりまするな、近ごろのガラシャは卜
いをやりまするのじゃ」 「ま、まことでござりまするか」 「ホホ・・・・、人間はの、美しいものが見え出すと醜いものも同時に見える。見えるゆえ不幸になってもやむないものじゃ。ご朱印船は許そうほどに、徳川家の様子を探れ・・・・わらわが男であったら、やはりそのような埒
もないことを考えるかも知れぬ」 そこでまた夫人は、お吟をかえりみて、 「女子はかなしい! でも、女子は強い! なあお吟さま。女子は、一途
に美しいものを求めて歩けるものを」 お吟はなぜともなしにゾーッと背筋に寒さをおぼえた。 |