「仮に・・・・」 と、言って、細川夫人は娘のように軽く明るい口調になった。 「こなたのことを関白殿下に告げてゆく」 「なんというて告げるのでござりまする」 「堺いちばんの嫋女
が、女盛りの孤閨 をかこっておりまするとなあ」 「まあ!
奥方様が戯れ言を」 「戯れごとでよいのじゃ。この堺一番の嫋女は、子を産む達人にござりまする」 「これは・・・・何ということを!?」 「病身の宗全どのに嫁いでさえ、またたく間に二人の子を儲
けた。この女子ならば、あるいは関白のお子もすぐに・・・・」 そこまで言って、夫人は厳しく表情をしめ直した。 「なあ、もしそのようなことを言うてすすめる者があったら、関白殿下もそのお気になられぬものでもあるまい」 「なられたところで、父が承知はいたしませぬゆえ・・・・」 「そのことじゃお吟さま!」 婦人はそこでいっそう低く声をおとした。 「利休居士はあのご気性ゆえ、きびしくお断り申すであろう。ほかのことならとにかく、侘び茶道でご奉公する身なれば、その儀ばかりはご免下されたしと・・・・」 「そのとおり・・・・と、存じまする」 「居士としては娘を差し出して出世を計った・・・・そう噂されては茶道の権威が地におちる。一世を指導してゆく人となるか、それともらだの茶坊主になり下がるかの境ゆえ、生命を賭けてもきき入れまい」 そこまで言われて、お吟は不意に膝をたたいた。はじめてハッと夫人の言葉が、鋭く胸を刺して来たのだ。 「まあ、では、そのようなことを企むお人が!?」 「あってもその罠に落ちぬよう」 お吟は全身を固くしてうなずいた。 なるほどそうした順序で罠の用意をしていったら、父と秀吉の離間は計り得るに違いない。 たとえ誰が何と言おうと、利休は断るに違いなく、断られると関白も不快なしこり
が残るであろう。 ほかのこととは違うのだ。男というものは、いったん口外した男女の間の話には、際限もなく愚かなもつれを見せるもの・・・・秀吉とて、おそらくその埒外
に立ち得まい。 それに近ごろ秀吉は、 「── 子供が欲しい!」 と、政所の前でも、 「── こなたが子を産んでくれたらのう」 時々そう言って、叱られたり、淋しがらせたりするということを、お吟も曾呂利に聞かされていた。 そんなときに、子供を儲ける名人・・・・とはまた、何という卑
しく、しかし、相手の心を衝いてゆく声であろう。 お吟は思わず身震いした。 「── 天下のことは思いのまま」 口癖のように言っている秀吉が、そうした事から父の利休を口汚く罵っているさまが、ふっと瞼
をよぎったのだ。 「奥方さま! そこまでご注意下さるならば、その相手・・・・それもご存知でござりましょう。お洩らしいただけますまいか」 お吟の顔はいつか血の気をなくしていた。 |