四郎次郎は自分でもホッとしながら、家康を建てたばかりの茶室に案内した。 これも秀吉がお気に入りの千宗易
の指図で建てた四畳半の侘
び好みで、たぶん大坂でも茶の接待があろうと、四郎次郎にすれば家康をそれに馴染
ませて置きたいための下心があってであった。 茶室の家康はもう明るかった。 肥えた体を窮屈そうにかがませて、形はひどくぶざまであったが、それだけに素朴で、飾り気のない、別の風格が滲み出ていて好もしかった。 (やはり、これもただのお方ではない・・・・) 四郎次郎は、はじめの沈んだ陰気さをもう、しれいに払い落としている家康を改めて仰ぎ直した。 「美味
い!」 と、言って家康は茶碗をおいた。 器物や道具には何の関心も見せなかったが、いかにも茶を味わっているという感じが全身を包んでいた。 こうして二人が茶室を出て、新しく作らせたのし目の小袖と素襖
に着換えたところで、立ち会っている四郎次郎を手代の一人が呼びに来た。 家康は別に気にも止めず、そのまま座敷を出ようとした。 と、あわてて引き返して来た四郎次郎が、 「お館さま、ちょっと耳に入れておきたい事がござりまするが」 小声で言って、人払いを願うという眼つきであった。 「よし、みな出発の用意をせよ。新太郎だけ残れ」 太刀持ちの鳥居新太郎だけを残させて、 「何じゃ。国もとからか」 と、これも声を落とした。 「いいえ、関白殿下のお伽衆にて、私めが、懇
ろにいたしております、曾呂利
どのと申すご仁から」 「関白のお伽衆から・・・・?」 「はい、岡崎の大政所につき従うて参った老女のもとから、北の政所さま宛てにお便りがあったと申されまする」 「ほう・・・・大政所は、ご満足なされているであろうが」 「それが・・・・」 と、四郎次郎は口ごもって、 「井伊
兵部 どのは何かと親切にして下さるが、本多作左衛門という奴は・・・・はい、知らせていただいたままに申し上げまする。本多作左衛門という奴は鬼のような奴にて、万一上洛されたお館さまの身に、不穏のことがあらば、ただちに、大政所さまはじめ女どもすべてを焼き殺すのだと、御殿のまわりにぎっしり薪を積みあげた・・・・それゆえみな震えておる。作左と申すをすぐさま呼び寄せお裁
き下されとござりましたそうで」 一瞬家康はチラと眉根を寄せていったが、コクリとうなずいただけで、何も言わなかった。 「それゆえ、この便りのことは関白殿下もご存知のはず・・・・何かとお心構えもあろうことゆえお知らせ申すとの使いでござりました」 「わかった」 「おわかりなされましたか」 「わかった。あの年寄りのやりそうなことじゃ」 「それから・・・・関白殿下は、ひどく怒っておわしますそうで」 しかし家康は、またコクリとしただけで、一度吹き払った暗さは見せず、 「ご苦労、では参るぞ」 新太郎をうながして出口へ向かった。 |