〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part ]』 〜 〜

2011/12/07 (水) 花 に 唾 す る (九)

「何をぼんやりしているのじゃ。すぐに柴を積みあげよ」
声をはげまして命じながら、作左衛門はまたふっと反省した。
(自分は数正のように疑われるのを怖れていたのではあるまいか・・・・)
並み大抵のことでは家中の者の反感は治まらない。それに対する作左流の皮肉をきわめた荒療治あらりょうじ のつもりなのだが・・・・
秀吉は、おそらく上洛していった重臣たちを下へもおかずに厚遇するであろう。この前、朝日姫の祝言のお礼の行った榊原康政の待遇を見れば想像がつくことだった。
その重臣たちが、逆に 「あっ!」 と声を呑むようなことをやって、彼らに、面映おもは ゆさと恥ずかしさを感じさせる・・・・
(── 作左がまた、何と思い切ったことをやりおったか・・・・)
厚遇されて来たじぶん達の身と引き比べて、
(これは行き過ぎ、困ったものだ・・・・)
と、思わせるためには、突飛とっぴ にすぎる事でなければ意味はない。
そう考えて、自分を殺しきっているつもりでいて、しかし、やっぱり作左は淋しかった。こんな事まであえてする自分はいったい何者なのだろうか・・・・?
おそらくこれには家中の者よりも先に家康が怒るであろう。人間にはしてよい事と悪いことがあると・・・・いや、家康よりも秀吉の怒りはさらに数倍するに違いない。
そうなったらむろん首をやる気の作左なのだが、考えてみるとその意地までがひどく空々しい。
(── 数正、約束どおり、おれもやっているぞ)
「わかったであろう。言いつけられたことは、早くしろ」
まだ立ちかねている元右衛門に声をかけると、
「しかしご城代・・・・」
と、元右衛門もしんけんな顔になった。
「なぜそのように柴など積むのじゃ・・・・そう大政所か御台所がおききなされましたら・・・・」
「風を防ぐためと申せ。しかし内実はそうではない」
「もしその内実・・・・を、向うで察し、関白のもとへ申し送りましたら、かえって旅でお館さまのご難儀にはなりますまいかと・・・・」
「なに、どうして殿の難儀になるのじゃ」
「そのような扱いは無礼であろうとお怒りなされましたら」
「殿に無礼を働けば婆あ母子を焼き殺す、焼き殺されてはならぬと思えば無事であろうが」
「しかし、お館さまの申し訳が・・・・それでは・・・・」
「よけいなことじゃ。なあに、あの殿のこと、幾らもペコペコ頭を下げて詫びるわい。早くいたせ!」
元右衛門は、首をひねり、呆れきったという顔つきで起ってゆく。
作左はもう一度フンと笑って黙りこんだ。
これで城内へはまたたく間にこの事は知れ渡ろう。
いったい幾人がこれに快哉かいさい を叫び、幾人が色をなして反対するか。快哉を叫ばれたらたまらなく腹が立とうし、色をなして反対されたら、淋しさでやり切れまい・・・・と、思っているところへ、案のごとく、また井伊直政が足早にやって来た・・・・

「徳川家康 (十二) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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