「シーッ」
と、言って織田有楽が酔態をよそおい手をふりながら、詰め寄ろうとする富田左近将監と浅野長政をおさえた。 「ハハ・・・・、まことに清々
しい酔い心地でござる。三河へ参ると言葉に飾りがなくてよい」 「ではもう一献」 「いただきましょう。もう一献はいただきましょうが、しかし、われらも腹蔵
なく申すぞ酒井どの」 「おう、うけたまわりましょう」 「正直に申すとな、三河の地酒は頭に来る。われらが都
の酒に慣れたせいかも知れぬ・・・・いや、たしかにあやしい混ざりものはあるまいが、グーンと酔いが体にこたえての」 「ほう、すると三河は、酒まで武骨でござりまするかな」 「いかにも、こやつひとつ酔わせておいて、乱れさせてやれ・・・・酒の方でそう言っているようじゃ。ハッハッハッハ、大切なご使者に立ち、浜松どのにご対面もせにゅち、酒にあやつられて失態を演じたとあっては酒は喜ぼうが、お許
らに笑われる。いや、笑われるくらいで済めばよいが、大の男六人で、暴れ出してでもしてはとんだご迷惑じゃ。この辺でお預かり願おう。のう方々
」 「いかにも、もう充分じゃ」 左近将監が尖
った声で答えると、浅野長政もムッとした表情で相い槌を打った。 「これにて、おひらきに願いたい」 「さようでござるか。では作左、この辺で預かろうか」 「うん、どうもお口に合わぬとあればやむを得まいのう」 「わしは、それほど三河の酒が頭に来るとは思わぬが、都の水を飲まれたお方は、体がやわになっておられるのであろうて」 「では、ご寝所の用意を」 作左は若侍たちにあこをしゃくったが、忠次はまだからみそうであった。 彼もまた、たしかに呑んだ酒量以上に酔いをよそおっている。 「では、城代もああ申しまするゆえ、忠次、これにて盃をお預かり申しまする。いやはや、もうちっと座が賑わうかと存じましたが、そうはゆかぬものらしい。いろいろ胸中にご思案がおありと見えてな」 「なんと仰せられる」 「いや、なに、まだ主君家康がお目にかかる前なれば、みなさまご自重と相見える。あっぱれでござる。われらもまなばねば相なりませぬ。では、明夜まで、お預かりを・・・・」 「お先に」 もはや完全に座はしらけた。 しかし、それはしらけさせるための行為が、あまり露骨に見えすぎているので、かえって怒気をそがれる結果になった。 「さらば、お先にご免をこうむる」 「お先に」 浅野長政を先頭にして、使者たちが若侍にみちびかれて立ってゆくと、忠次はひょろにょろとそれを見送り、 「だめじゃ。さっぱりじゃ作左」 置き物のガマのようにむっつりと坐っている作左衛門のそばへ戻って来て舌打ちしながらあぐらをかいた。 「怒りくさらぬ。怒りおったら、滅茶
苦茶 にしてやろうと思っていたが、怒りおらぬ・・・・」 そう言ってから、じっと天井
を睨 みあげて、 「あの、怒らぬところが油断ならぬぞ。いよいよ怪しい証拠じゃぞ」 自分自身に言い聞かせるようにつぶやいて肩を揺すった。 |