「並の婚礼とは思うてはおりませぬ。三ヶ条とは何々であろう。有楽どのがご存じないはずはない。それとも、わらわは女子ゆえ、聞かさぬと言われまするか」 朝日姫にうながされて、 「大丈夫でござりまする。関白殿下は大腹ゆえ、必ず誓文は届けて参りましょう」 と、苦しそうに笑った。 「あるいは関白殿下、ここらでしばらく姫を休息させようとて、わざわざ遅らせておわすものかと思われまするので」 「そのようなことは訊ねておりませぬ。三ヶ条の内容は?」 「されば・・・・」 と、言って、有楽はちょっと小鬢
をかいてから、 「その第一ヶ条は、両家親類と相なるとも、家督
そのほか家中のことにつき、指図がましいことはいたさざること・・・・」 「家督のことにつき・・・・と言われると、わらわの養子と決まった長松どのに、あとは取らせぬと言われるのか」 早口に言って、朝日姫は、自分で自分の心に戸惑いした。 (何のために、自分は、見たこともない長松丸のことで、このように癇立つのか。徳川家の後など誰が継ごうとよいことではないか・・・・) 「いや、そうではござりますまい」 有楽はゆっくりと首を傾けて、 「これは、姫のご養子を後継ぎにと、いったん決めたことゆえ、また変更することのないよう・・・・念を押したものでござりましょう」 「で二ヶ条は」 「これが実は、ちと難問で・・・・親類とはなりましても、家康どのは東の方に、まだ油断のならぬ敵を持っていることゆえ、殿下が西へ出馬の折のお供はなりかねる。それをご承知でありように・・・・と、申すので」 「なるほどのう」 とは答えたが、これは朝日姫にはよく分ることではなかった。 「して、三ヶ条は」 「これは問題はござりませぬ。東のことを扱うときには、双方互いに通じ合い、決して独断しないこと・・・・これは殿下もお望みのことでござりまする」 「すると、ただそれだけの事のために、婚礼の日延べをしたと言いますか」 「その事でござりまする。他家の重臣とは事変わり、徳川どのの家中は、いちいち、主君の許しがなければ事を計らいませぬので」 「まるで徳川どのが関白で、関白どのが家来のような・・・・」 「ハハハ・・・・それが関白殿下の、ひとまわり腹の大きくおわすところ。ここで誓文が届いておらねばどうなるか?
重臣どもが計らうか? それとも家康どのの指図を仰ぐか? その辺の空気を知ろうために、わざと遅らせていること、この有楽にはよく分っておりまする」 朝日姫はもうそのときには視線をそらして庭を見ていた。 端午の節句だと言うのに、外はパラパラ雨がおち出し、樹々の青葉がざわめき立っている。 「そうか・・・・旅の途中でまた日延べになったり、試し合ったり・・・・それがわが身の婚礼であったのじゃ」 有楽は、渋い表情でそっと扇を使いだした。 |