女たちの踊りが止むと、こんどは、この家のあるじの淀屋常安が例のでっぷりとした体をゆすって二人のそばへやって来た。 「これは、ようこそお出
で下された蕉庵どの」 女中に持たせて来た盃台をまず蕉庵の前におかせて、 「お流れをひとついただきましょう。いや、堺衆のおかげでのう、茶屋どのも、われらも、こうして心から今日を祝える。何をおいてもお礼を申さねば・・・・」 自分で銚子を取って注ぎながら、腹の底から楽しそうに笑っていった。 「さ、茶屋どのもおひとつ」 「ありがとう存じまする。が、もう、少々いただきすぎました」 茶屋はあわてて銚子を淀屋の手からとって相手に酌をしてやりながら、 (秀吉の天下になって、いちばん大きく儲
けたのは誰であろうか?) と、ふと思った。 少し皮肉な言い方をすれば、その者がいちばん大きな 「勝利者」 なのだと言い得ないこともない。 蕉庵以下の堺衆は海外との交易でしこたま儲けているし、淀屋は国内相手で、このような大身代になり上がった。 しかもこれから、秀吉と家康の提携
が成って、当分平和が続くともなれば、彼らの富はどこまで殖えるか分らなかった。 おそらく秀吉は、日本中の大名にこの大坂へ邸を建てさせるに違いなく、そうなると大名たちは、それぞれの領土からせっせと産物を運んで来ては、大商人の手を経てその入費を調達しなければならなくなろう。 そうなると大坂の大商人はいながらにして、諸大名の全収入の何割かをわが手に握ることになる。 (その収益の礎
を固めに嫁ぐ朝日姫・・・・) むろん、莫大な収益の飛沫
がこの街をうるおし、下々
の暮らしを支えることにもなってゆくのだが、考えてみるとその利の大きさは空怖ろしくなるほどだった。 「ときに納屋どの、これは内々でおうかがい申し上げようと存じていたことじゃが、堺衆は、こんどのことで、どれほどお祝い金を関白さまへ包まれまするな」 さりげない様子で淀屋が蕉庵にたずねた。 (お祝い金・・・・) と聞いて茶屋はハッとした。彼はまだそうした立場にもなかったし、それを考えてもいなかった。 (なるほど、そうした出口でもなければ、ここらは黄金の淵になろう) 「されば・・・・」
と、蕉庵は気にもかけない様子で、 「そうしたことは宗易どのに一切お任せしてあるのでの。宗易どのがお側の空気を察して適当に」 「なるほど、宗易どのは、すっかり関白どのの懐刀
になられましたからなあ」 「そのことでござるよ。ここではそうした冥加金
など狙わずに、なるべく『海外へ使える黄金を積み立て得るよう、関白どのを導いて貰わねばなあ。それゆえ、あるいは現金ではのうて、壷や茶器などという名器の類にするかも知れませぬ」 「壷や茶碗で・・・・のう」 「いかにも、関白どのも、だいぶその方に趣味の眼を開いて来ておわすで。ハハ・・・・」 茶屋はまた、思わずそっとあたりを見廻して首をかしげた。 |