武士たちが働き蜂のように生命を賭けて権力を争い、それがひとたび、誰かの手に落ちる・・・・と、実は、その平和の蜜
を吸う者は、別にあったのではなかろうか・・・・? 山崎の戦のおりから淀屋常安は秀吉びいき
であった。と言って、それはどこまでも利を考えての動きであったが、その常安がつかんだ財力はいまではちょと計算も出来ないほどの大きさにふくれあがっている。 川筋に建ち並んだ土蔵の数も百棟を超えているし、船や出店は無数と言ってよい。出船千艘、入船千艘の大坂の、その大半が、実は常安に何ほどかの蜜を献じているのである。 いや、常安だけではない。 徳川家ご用達
の自分にしても、万一、徳川家が、武力の争いのために倒れても、自分だけは全く別種の 「町人 ──」 と言う名で富裕
に生き残れる道を選んでいるのではなかったか・・・・ 「もし、 蕉庵さま」 茶屋が、自分より六つほど上席の膳についている納屋蕉庵の前へ出ていって、盃をいただきたいと手をだしたのは、快い酔いが、その不審にぶつかって、何か話さずにいられなくなったからであった。 「淀屋どのは、豪勢なものでござりまするなあ」 「ほんにのう」 盃を渡しながら蕉庵も言った。 「このうえ、米相場の権利でも取ってしもうたら、ふくれあがって困るであろう」 「この大広間なども、大名屋敷よりはずっと豪儀な木口でござりまするなあ」 「ハハハ・・・・、それは仕方がござるまい。大名というても、侍衆はたかが働き蜂、商人衆とは才覚が違うでのう」 「というと、納屋さまは、侍よりも町人衆が、ずっと上じゃとおっしゃりまするので」 「それはのう・・・・」
蕉庵は近くに武士のいないのを確かめてから、 「乱世では武士、世が治まれば町人じゃて。それゆえ、町人衆が思い上がるとまた侍衆が口惜しがって乱世にする。権力は侍衆に、利は町人衆に・・・・それで、ほどほどに巧くやってゆかぬとのう」 「納屋さま」 「はて、もう一献、つづけておやりなされ」 「あなた様のおっしゃるとおり、こんどは戦にならず、丸く納まってご婚礼となりましたなあ」 「そうなるように、世の中が動いておりますわい」 「すると、これでもはや両家の間の争いは根絶ちになった・・・・と、思
し召されまするか」 納屋蕉庵は、ちょっと、首を傾けて探るように茶屋を見ながら盃を受け取った。 「こなたのお訊ねなさる意味が、わたしにはよく呑みこめぬが・・・・」 「さっき、どなたかも申しておりました。これで小牧、長久手の戦は、はっきり終わりになりましょうか?」 「あ、そのことでござるか」 蕉庵は軽く答えて、うまそうに一口すすり、 「その事ならば勝負はありましたのう・・・・」 「勝負が・・・・あったと、ご覧なされまするか」 「さよう、こんどは、どこまでも・・・・」 と、声をひそめて身をのり出し、 「きなたの旧主、家康どのの大勝利でのう」 ささやくように言って、もう一度、用心深くあたりを見廻してから眼をほそめた。 |