「あの、このたびの進物は、では、結納のためではないとおっしゃりまするか」 茶屋は思わず呼吸をはずませて、膝をのり出した。 「なぜ、そうご判断なさるか、それを、心得のため、お聞かせ下さりますまいか」 「お話ししましょうかな」
蕉庵はもう一度楽しそうに眼をほしめて、 「徳川どのはのう、決してご自分からは、相手に戦を仕掛けぬ人・・・・と、近ごろ、わしは思うておるが」 「さようでござりましょうか」 「たとえば甲信への進出にせよ、小牧のおりのせよ、とにかく戦を始めた者はほかにあった。その意味では亡くなられた織田の右府とは正反対のお方での。そこに、あのお方の祖母や母御から受け継がれた仏道の信があるように見受けられる。世の中に事がなければ、じっくりと動かずにいるのが正しいというような・・・・しかもそれは、年齢とともにしだいに円熟して来てひとつの悟りになりかけている・・・・と、わしは見るのじゃ」 「ほほう」 「すると、こんどの乱世の終熄
までに、大きく分けて三つの時が必要なのだとは思われぬかの。その一つは、何もかも、はげしく因習を打破してゆく織田右府の時代、そして、次に、その破壊し尽くされた世に、初めて一筋の新しい道を拓
いて、大地に種をおろしてゆく関白秀吉どのの時代。そしてその三は、撒
かれた種の育ちを待って収穫にかかる何者かの時代・・・・この時代の人はまだ誰かはっきりせぬ。が、徳川どのは、おそらくこれに自分自身をあてて考えているに違いない。のう茶屋どの、そうは見えぬかの」 「は・・・・それは、確かに、そう思うておわすようで・・・・」 「そうであろう。さすれば当然徳川どのの生き方も決まってゆくはずじゃ。織田の右府が時代には右府を助け、関白の時代には関白を助けてゆく・・・・さすればいつか柿の実の熟するわが時代がやって来る・・・・と、分っておれば、ここでは決して関白と戦いはせぬはずじゃ」 「なるほど・・・・」 茶屋は、初めて大きく吐息と一緒にうなずいた。 「そう言わっしゃれば、そのようでも・・・・」 「ハハハ・・・・わしはそうと睨んでいます。が、用心深い徳川どののことゆえ、すぐに本心をみなに見られぬ用意はしてゆきましょう。その用意とは、近づきにくいところを、やむなく関白に近づく態にし、その間に出来るだけ天下の諸将に、自分の威力を示しておく・・・・」 「ほう・・・・」 「そうしなければ、関白の時代の去ったおりに、みなを圧
えて、わが手で収穫にかかれぬ道理じゃ。お分かりかの」 「は・・・・」 「そこまでお分かりなされたら、ここで関白と縁組する前に、小田原の北条父子をしっかりと見方につけておかねばならぬという答えが出ます。北条父子と結んであれば、たとえ義弟として大坂城へ出て来ても、諸将への重みがぐっと加わる道理じゃ・・・・いや、あるいは、これはわしの憶測が過ぎるかも知れぬ。が、ひとつ、こなたから、それとなく浜松へお訊ねなされてみるがよいのじゃ」 言われて、茶屋はもう一度肩をゆすってうなずいた。 |