茶屋はあきれてみんなを見廻した。 樋口石見もニコニコと笑っていたし、女たちもまた、何か思い出したらしく、顔を見合わせて笑いをこらえている。 「すると、関白殿下は、万代屋さんのご内儀や、こちらの奥方さまにお目をつけられておわしますので」 「そうなのです」
と、こんどは木の実が首をすくめて口をはさんだ。 「あるじのいる美人でなければ、狩り甲斐がないそうな、物騒な世の中になったものです」 「まさか・・・・お戯れでござりましょう」 「ホホホ・・・・ほんとうに狩り立てられてたまるものですか。でも、うっかり顔を出しては歩けなくなった。万一という事がありますもの」 木の実の言うあとから、こんどは石見が身をのり出して、 「それでは、茶屋どのに、もうひとつ、秘中の秘話を打ち明けましょうかな」 と、いたずららしく小鼻をピクピク動かした。 「秘中の秘話・・・・でござりまするか」 「そうじゃ。まず、これほどのめでたい話はちょっと聞けまいでの」 「それは・・・・是非、うかがいたいもので」 「話しましょうとも。実はの、この堺からお伽衆
にお側 へあがっている鞘師
の曾呂利 新左衛門
がの、関白殿下のご愛妾、松丸殿とかか殿 (加賀殿) のもとへご機嫌うかがいに出たと思わっしゃるがよい」 石見はいかにももったいぶった言い方で、 「するとこのご両方が、いずれも柳眉
を逆立ててご論争の最中だったそうな」 「ご愛妾方が・・・・でござりまするか?」 「さよう、事の起こりはの、若いかか殿が、うっかり殿下のおふぐりは二つあったと申されたのが争いのもとでの、そのようなことはない!
確かに一つじゃと松丸殿がきついお冠りだったそうな」 「は? あの、おふぐり・・・・が」 茶屋はあわててまたみんなを見廻した。女たちは顔をそむけて笑いをこらえているし、蕉庵はいぜんニヤニヤ笑っている。 「そうじゃよ。そのおふぐりじゃ。一方は二つ、一方は一つと言うていずれも譲らぬ。とうとうその決着を新左衛門に訊ねて来た。松丸殿は一つであろう、のう新左衛門どのと言うし、加賀殿は二つであろうと、問いかける。新左もハタと困却した」 「さようで・・・・」 「一方を立てれば一方の面目がまる潰れじゃ。そこで何と答えたと思わっしゃるかな茶屋どのは?」 四郎次郎は、首をふって、また、救いを求めるように蕉庵を見やった。 「ハハ・・・・春風駘蕩
じゃの茶屋どの」 「は・・・・はい」 「そこで新左は双方とも正しい、いずれも間違うてはおりませぬと答えたそうな」 「なるほど・・・・」 「お分かりかの、一つというのは容器の上からのこと。二つと見たは中身じゃほどに、双方ともに間違うてはおらぬ。そう裁
いて、早々に遁げ出して来たという、まこと天下のためめでたい話しではないか、のう茶屋どの」 「もうお止しなされませ樋口さま」 たまりかねてお吟が石見を睨んでゆくと、木の実は生まじめに首を傾けて、 「私には、何のことやら、さっぱり・・・・」 と、席を立った。 |