ここでも茶屋四郎次郎は、妙にちぐはぐな狼狽に心を刺された。 (蕉庵どのが太鼓の稽古
を・・・・) そのことはどこかでホッとしていながら、その和気の中へ全く違った空気を運び込もうとしている自分がやりきれなかった。 「どうぞこちらへ」 手代は長い廊下をしだいに太鼓の音に近づいて、 「京の茶屋さまをご案内申し上げました」 すると太鼓の音はやんで、代わりにドッと明るい女たちの笑いであった。 「茶屋どの、さあお入りなされ。何も気遣いのない方々ばかりじゃ。わしまで、若い女子衆に混じって、太鼓の稽古でのう」 「これはご無沙汰いたしました。せっかくのおたのしみのところへ・・・・」 「まあまあ、固苦しい挨拶は抜きにして、さ、木の実、このおじさまも仲間にしよう」 「恐れ入りました。風流だの、芸ごとなどとは、全く縁のない不粋者
で・・・・」 木の実のすすめる敷き物を膝の前にして、茶屋は丁寧に一礼した。 「いや、いまその不粋者の話でのう茶屋どの。誰かいったい、天下一の不粋者であろうかと、その品定めをやりながら、石見どののしらべを聞いていたのじゃ」 「これはいよいよ恐れ入りました。さしずめ、それは私でござりましょう」 すると宗易の娘で、いまは万代屋
宗全 に嫁いでいるお吟が、明智の方を見やってホホホ・・・・と笑った。 明智の方は、茶屋を見てハッとしたようだったが、すぐに顔色は平常にもどっていた。 おそらく、過去の記憶にある人と似ているがそうではない
── と、思ったのに違いない。 「これ、そのようなときに笑うな」 と、蕉庵が言った。 「茶屋どのは、ひどい羞
かみ屋でのう、気になさる。ハハハ・・・・」 「いいえ、別にもうその点では、きわめつきの不粋者ゆえ」 茶屋が言いかけると蕉庵は手を振った。 「それはのう、もう決まった!
こなたなどではない。もっと大物じゃ」 「大物・・・・で、ござりまするか」 「さよう、聞かせようかの、天下一の不粋者は、誰でもない、関白殿下の豊臣秀吉じゃ」 「えっ!?
あの、それはまた・・・・」 「まあ聞かっしゃい。いよいよ天下は平定した。これから日本国中にさしたる戦もなかろう。それゆえ、わしはそろそろ女狩でも始めようかと言われたそうな」 「は・・・・?
それはいったい、誰がでござりまする」 「関白殿下ご自身じゃ。ハハハ・・・・」 「それが何と、北の政所
さまに相談なされた」 「あの、ご自分の、奥方さまに」 「どうじゃ恐れ入ったか茶屋どの。すると、北の政所さまがまたふるった答えをなされたらしい。どうぞ、ご勝手に。だだし、獲物の煮炊きは、わらわにお任せ下されと・・・・ハハハ・・・・それでのう、容色自慢の万代屋の女房や、明智の方がわなわなと震えておるところじゃ」 蕉庵はそう言うと、まがい眉毛の下の眼を細めて体中で笑っていった。 |