〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part ]』 〜 〜

2011/11/14 (月) 犠 牲 の 風 (七)

本多作左衛門は、湯づけの膳が出ても、まだ何か不満らしく、家康に向ける視線に冷たいトゲが感じられた。
家康にはそれが心外だった。
(まだ何か言いたいことがあるのだ作左は・・・・)
しかし、わざとそれは口に出さず、黙ってサラサラと湯づけの箸を動かしていった。
作左も、食事が終わるまでは、時々、はげしい視線を向けるだけで何も言わなかった。
食事を終わって、小姓が膳を下げて行くと、
「作左、おぬしは、わしの代わりにすぐ岡崎へ発ってくれ」
作左はそれには応えず、
「殿は、小田原のことを先にすると仰せられましたなあ」
「それゆえ、そちに岡崎へ発てというのだ」
「小田原の父子に会うにも、会い方がござりまする」
「分っておる。面子にとらわれず、わしに頭を下げろというのであろう。案ずるな、わしは黄瀬川きせがわ を渡って三島みしま まで出向いてゆく気じゃ。さすれば北条父子は、わしが屈したものと思うて心の紐を解いてゆくわ」
作左衛門はそれを聞くとはげしい眼になって、いっそう聞こえよがしに舌打ちした。
「殿!」
「まだ不平か。その眼つきは何事ぞ」
「殿は、お情けないお方じゃなあ・・・・」
作左はそう言うと再びその眼に涙を見せて嘆息した。
「仕方がござりませぬ。作左、言わいでものことを申しまする」
「おう、言いたいことがあらば申せ、ただし、口が過ぎると許さぬぞ」
「仮に・・・・」
と、作左衛門は声をおとして、
「出奔していった数正に、かような考えがあったとしたら何といたしまする・・・・徳川家の宝は律義一途な剛直さ。しかし今は、それだけでは済まぬ。相手が秀吉という難物ゆえ、当方もやむなく策略を弄すべきとき・・・・ただし、それを表面から家中へ計ったのでは、そのような不正直な世界もあったのかと家中の正直者がびっくりし、ひいてはそれが剛直一途な家風の崩れのもとになる・・・・そう考えて、ここは誰にも計らず、わが身一人が犠牲になろう・・・・これはどこまでも例えばの話じゃが、もしさような心で、数正めが出て行ったものであったら何といたしまする。それでは殿は黄瀬川を渡っていって、北条父子に見苦しく頭を下げ、徳川どのは、たぬき じゃ。自分の都合つごう のよいときは、どのようなとぼけ顔でも頭を下げる。不信の人、表裏のある人・・・・と、噂されても悔いはござりませぬか。いや、その辺のことまでお考えなされてのご決心かどうか、それをうかがいたいのでござりまする」
家康は、じっと作左を見つめたまま、思わず姿勢を正していった。
(これで分った!)
作左が何を考えているのか・・・・数正が、どのような話を、かつて作左にしていったのかが・・・・
「作左」
「はいッ」
「分っておる」
「お分かりでござりまするか」
「分っているゆえ、やむなく家康が一生一度の不信をいたすのだ。許せ」

「徳川家康 (十一) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
Next