作左衛門の様子があまりに猛々
しいので、正信はびっくりして次の間へさがっていった。 (これは狂言ではない・・・・) もし家康の内意があったのならば作左がこのように激怒するはずはない・・・・と、正信の疑いは晴れたようであった。 「殿!」 正信が出て行くと、作左衛門はまた叱り付けるような声でひと膝すすめた。 「あとのお指図・・・・いや、指図ばかりではかなわぬ。肚はハッキリ決まっておわすのでござりましょうな」 家康は、詰め寄るように言う作左の眼から何か読み取ろうとして、無言のまま対していった。 「第一は、西尾の海防、第二は岡崎城の模様変え、第三は陣法の改革・・・・」 作左が数え立てるのを家康はうなずきもせず、否定もせずに見守っている。 いつか障子は白くなり、小鳥の声が、庭のそこここではじけだした。寒気はいっそう肌に迫って来るようだった。 「この第三までは誰にも思案のつくことゆえ、改めて申し上げずともお分かりでござりましょう。が、第四、第五のご思案は決まったであろうか。作左、そてをうけたまわりとうござりまする」 「作左、そちの言う第四とは」 「数正めを秀吉に取られた。数正めは、殿の肚の底の底まで知っている。秀吉がまた、それを聞き出さずにおく者ではない。聞き出されてもよいだけの覚悟と思案と手当ての三拍子が、きちんと揃
うておらねばならぬ」 「それゆえ、そちの考えを申してみよと言っているのだ」 「また、殿のずるい!」 作左は舌打ちして、それから急に射抜くような眼になった。 「殿・・・・」 「・・・・」 「第四は、すぐさま小田原の北条父子と、面子
を捨てて手を握ることじゃ」 「第五は?」 「知れたこと。小田原の北条家とは水も洩らさぬ間柄・・・・と、固めておいて、秀吉からの縁談をご承知なさることじゃ」 「なに、縁談!?」 作左の口から、はじめてそれが出たので、家康はびっくりして訊き返した。 しかし、そのときにはもう作左は家康の視線を避けて妙にしょんぼりと肩をおとしていた。 気のせいか、今まで喰いつくように光っていた彼の眼が、もの哀れにうるんで見える。 家康はハッと胸を突かれた。 「作左!」 「なんでござりまする」 「おぬし・・・・おにし・・・・数正と相談したな」 こんどは作左の体がギクリと大きく波打った。 「そうであろう。数正は、そちに、何か申していったであろう?」 「・・・・」 「わしはさっきも正信に叱られた。が、何としても数正を憎めぬのじゃ。今ごろ数正め、どこかで滴々と涙を落として歩いている・・・・そんな気がしてならぬのじゃ」 しかし作左は口をへの字に結んだまま石のようにおし黙っていた。 |