おそらく秀吉に向かって、これほど手痛い言葉を投げつけ得る者はほかにはあるまい。根来衆のうち、愛染院、根来大膳、永福院、和泉坊以下十六人を打ちもらし、家康の浜松へ遁
げ込ませてしまったことは、黒田
官 兵衛
とともに、秀吉の歯がみをして口惜しがったことだったのだ。 寧々がそれを知っているのさえふしぎな気がするのに、そのような戦ぶりは、天下人の戦ぶりではないと、ずけずけと言ってくる。 全く寧々の言うとおりで、これには返す言葉もなかった。 その秀吉の討ちもらした根来衆徒が、ぬけぬけ家康の保護下にあるということが、富山城の佐々
成政の叛心を、どれほど大きく助長させていることか。 「そうか。天下人の戦は降服させるが目当てであったか」 「それを、攻め滅ぼすぞと見せるゆえ、相手は怖れて徳川どののもとへ駆け込む。駆け込んだ者は助けねばならず・・・・で徳川どのも、内心は苦しかろうが、上様の敵になる。それを見て、またあれこれと心を動かす者も出ましょう。その戦ぶりはもうお改めなされませ。上様らしゅない小ささじゃ」 秀吉は再び盃をとりあげて、フフフ・・・・と笑いながら寧々の前に差し出した。 「寧々・・・・ではない、女関白どの」 「はいはい。まだ何か腑に落ちぬことが」 「こなたのご意見に従うと、わしは佐々成政も、攻め滅ぼさずに、征伐で行かねばならぬこtになりそうじゃの」 「仰せまでもないこと!
関白はもはや天下人でござりまする。天下人が、わが部下を思うままに動かせぬとあっては大きな恥じゃ。そのわが不器量さに腹を立て、大事な部下を攻め殺すなど、理にも道にもかなわぬことにござりまする」 秀吉はきなり、寧々の片手を取って引き寄せた。もういつものおどけた夫婦の顔に返って、その手をうやうやしく額につけておしいただいた。 「これは女関白殿下、あなかしこ、あなかしこ!」 「上様」 「はいはい、何でござりましょう」 「佐々成政は、世に聞こえた一徹者でござりまするそうな」 「仰せのとおりでござりまする」 「その一徹者を、ころりと掌
にのせて見せて下され、さすれば、もろもろの大名たちはむろんのこと、徳川どのの心も解け、朝日どのとて、何で上様をお疑いなどいたしましょう。それが天下人の度量でござりまする」 秀吉は、ふっとおどけた笑顔を硬直させて唇をゆがめた。 怒っているのではなくて、この無礼で勝ち気な妻の心に感動し、あやうく涙ぐみそうになったのだ。 「そうか。征伐というのは、討たぬものか」 「討っては怨みが残りまする。まつろ
わせて、楽しく働かせるが、まことの関白でござりましょう」 「寧々!」 「はい」 「この禿鼠の頭をパチンと一つ叩いてくれぬか」 「なんのもったいない!
あの折の、故右府さまのお手紙にも、日本国中、いずくを探そうと、こなた様のようなよい良人はないほどに、悋気をつつしめとござりました。もったいない。もったいない
──」 |