「朝日どの・・・・」 明るい声で笑いつづけてから、寧々は、相手がハッとするほど厳しい真顔になっていった。 「こなた様は、上様を、そのようなお方と思うてか。こなた様のまことの兄を」 朝日姫は答える代わりに、そっと視線を兄嫁からそらしていった。 「それが戦国の習いでござりましょう。かくべつ兄を非難はいたしませぬ」 「これはしたり・・・・朝日どのの考えようの遅れていること!
それでは上様がお泣きなさろうぞ」 「と、言われると、徳川家へ敵意など抱いておらぬとおっしゃりまするか」 「朝日どの!」 「はい」 「こなたはさっき、戦国の習いじゃと言われましたなあ」 「言いました。それゆえ、女の仕合わせなどは・・・・」 「お待ちなされ!」 「寧々はきびしくさえぎって、 「その戦国はもう終わりじゃ。大将軍であられた室町
御所 はご零落なされて、あるかなきかのお姿ながら、こなた様の兄が関白職につかれて、はっきり天下をお取りなされた。それゆえもはや戦国ではござりませぬ」 「じゃと申して、まだお指図には従わぬ者も・・・・」 「それはなくはありませんぬ。それゆえ、こなた様を家康どののもとへ嫁がせ、三好どの、秀長どのの」ご一族に、家康どのの力を加えて天下をお治めなされるご存念、何で家康どのを敵になさるお心などあってよいものか。それはこなた様の考え違いsじゃ」 手酷
い・・・・と言いたいほどの口調で言って、再び寧々は笑い出した。 「ホホ・・・・年上のこなた様に姉ぶった力
みよう。堪忍して下され。なあ朝日どの。でも・・・・やはり言わずにはいられなかったのじゃ。上様が何でこなた様の不幸せなどを願われよう。家康どのは、誰の眼からも上様に次ぐ海道一の弓取りじゃ。その弓取りを、たった一人の妹ゆえ、婿にしたいと考えた・・・・その考えの中に、女心の切なさをご存じない節はあっても、不幸を願う心などみじんもあってよいものか」 そこまで言って、寧々は急に眼を輝かせて、声をおとした。 「これはなあ、こなた様ゆえ打ち明けまする。誰のも口外なさりまするな」 「というは・・・・?」 「上様のご本心じゃ。わらわは、堺衆を集めた席で洩れ聞きました。上様のお志は、もはや日本国にあるのではござりませぬ。大明
から天竺南蛮
へ飛んでおわすのじゃ」 「えっ!? あの大明から天竺へ・・・・」 「そうじゃ。このまま国の内で、小さな争いに明け暮れていたのでは、南蛮人に世界中が荒らされよう。それを救うが、まことの関白、世界の関白におなりなされと、堺衆の言上に、大きくうなずいておわしたのじゃ。お分かりであろか朝日どの・・・・さすれば上様は、やがて日本にご在国はなさるまい。その折に、日本の関白をお任せなされて誤りないお人は・・・・そう考えて、家康どのに白羽
の矢を立て、こなた様の婿に・・・・と、お考えなされたのじゃ。これはなあ、まだまだ他言はなりませぬぞ」 一瞬、朝日姫はポカンとした表情で、よく動く兄嫁の唇を見つめていった。 |