作左衛門は、家中の憤激をそのまま於義丸と仙千代の身につけさせて大坂城へ送り込もうとしているのだ。 それがはたしてよい結果を生むかどうかは別として、 (わしはわしの子の勝千代に、これほど激しく言い含めてやれるであろうか・・・・?) そう思うと、数正は、息の詰まる思いであった。 於義丸が辱
かしめられるようなことがあったら許すなとは教えてやれる。が、誰からも愛されようなどと思うな、憎まれよとは何という作左らしい厳しさであろうか。 おそらく、秀吉も扱いかねて手を焼くことであろう。 於義丸と仙千代がこれでは、数正の子勝千代も、父が煽
らずともしだいに同化されてゆき、秀吉は厄介な爆薬三個を預けられて形になる・・・・そう思うと、妙な切
なさといっしょにおかしさもこみあげた。 「分ったなあ」 と、作左はそのそばで、もう一度念を押した。 「もし秀吉の家来どもが、つまらぬことなど聞きおったら、徳川の家中には、この鬼作左のような奴が、川原の石のようにゴロゴロしている。於義さまに無礼などいたいてみよ、そのゴロゴロ石がカンカンになって、日本中どこまでも押し寄せて来るぞと申せ」 「はい、申しまする」 「於義さまもお分かりじゃのう」 おう、分った!
秀吉どのがどのくらいの事で怖がるか、試してみよう」 「ハハ・・・・、それそれ、そして、自分が怖いと思うたときには我慢してのう、これではならぬゾと頭に拳固をくれておくのじゃ」 「分った。我慢比べで負けねばよいのじゃ」 「そのとおり!
では、仙千代とご一緒に、お居間で食事をなされませ。風越峠でとれた猪汁
じゃ。どちらがたくさん食べるか、帯をゆるめて競争なされ」 「そうしよう。では、阿仙
来い!」 「はッ」 二人が去ってゆくと作左衛門はしばらくトボンとした表情で黙っていた。 数正は、これも急には声をかけられず、庭先の葉をおとした楓の幹へじっと視線を投じていく。 小鳥の声がしきりにするのは、ここにも南天
や、うめもどきの実がよく熟れているからであろう。 「数正、いつ発つと決まったか」 「十二日じゃ」 数正はポツリと答えて、それから作左に微笑をかえした。 「おぬしも淋しくなるのう」 「どうしてじゃ」 「於義さまばかりか、ただ一粒種の仙千代も見られなくなる。そこへ行くと、わしは子供はたくさんある。勝千代一人がいなくとも・・・・」 そこまで言うと、 「フン!」
作左は鼻の尖 であざ笑って立ち上がった。 「いま猪汁をここへ運ばせよう。おぬしも少し、猪でも喰うて強くなれ」 「なんじゃと、強くなれと・・・・」 「そうじゃ、おぬしは策略ばかり上手になって、だんだん腰が抜けて来たわ。待っておれ、酒の用意をさせて来る」 数正は、呆れてその後ろ姿を見送りながら、作左は痩
せた・・・・と、しみじみ思った。 |