「於義丸さまは、まだご幼少、少し言葉が過ぎはせぬか作左・・・・」 数正に口をはさまれると、作左衛門は、あわてて片眼を細くして、黙っていよと合図をした。 「いや、於義丸さまのご気性が、万人すぐれているゆえ申すのだ。のう於義さま、よろしゅうござるかなあ。自分が怖ろしいときは、相手も必ず怖ろしいのだ。ただ気性のすぐれた者はその怖ろしさを相手に見せぬ。それゆえ相手は、こっちの怖さを見抜けず、これは自分よりもはるかに大胆な、立派な者と思い込んで感心もし頼りもする。修行が積んで何事も怖くなくなるまでは、いわば人生は我慢
くらべじゃ。その我慢の強い者が早く怖さを知らぬ勝れた大将とならっしゃるのだ。よいかの、いかなるときにも、秀吉が家来どもなどに、臆病者と見られ侮
られてはなりませぬぞ」 まことに奇怪な教育だったが、この傳役の教育はすでに於義丸の身内に芽を吹いていると見え、 「侮られるものか!」 於義丸は昂然
として応じた。 「だが爺、これは念のためにききおくのだが、お父上と秀吉とでは、いずれが大胆であろうかの」 「え、父上と秀吉じゃと・・・」 作左は唇をゆがめて、 「比べものになるものかッ!」 と吐き捨てるように言った。 「お父上が総大将ならば、秀吉などはせいぜい足軽大将じゃ」 「これッ、作左どの・・・・」 「シーッ、数正は黙っていさっしゃい。この爺はまことの事を告げているのじゃ。秀吉などは信長公のおかげで大きな顔をしているものの、お父上とは比較にならぬ臆病者じゃ。それゆえ、於義丸さまをそばに呼び寄せ、万一のときには人質にせねば安心がならぬなどと、小さな事を考えるのじゃ。それを哀れんでお父上は、於義丸さまを大坂へやらっしゃる。肝の太さがまるで違っている。お分かりでござりましょうか」 「なるほど」 と、於義丸はまた神妙にうなずいて、 「では。秀吉どのと、この於義とでは、どうであろうかの」 「ハハハ・・・・」
と、作左衛門は鬼面に縦横
の皺 をきざんで快
げに笑った。 「さよう、うっかりすると、於義さまが負けるかも知れぬなあ」 「というと、わしは足軽大将ほどの者か」 「ハハ・・・・、それゆえ負けさっしゃるなと言うのじゃ。秀吉が家来どもなど、そのまたぐっと下ゆえ眼中におくには当たらぬ。どこまでも秀吉を相手にして、これを怖がらせてやらっしゃるがよい。かりにも怖がるようなことがあれば負けでこざりまするぞ」 「分った。負けはせぬ。わしはお父上の子じゃ」 「そのとおり!
それゆえ、初対面のときが大切。これ仙千代」 「はいッ」 「その方も聞いたであろう。その方は於義さまの大事な付
き人 、そして、日本中に鳴りひびいた本多作左衛門が伜じゃ。大坂城内で無礼なことを申す奴があったら、誰でも構わぬ叱り飛ばせ」 「はい」 数正は、はじめて頬
へ微笑をうかべた。作左の脱線が悲しく胸に通って来るのだ・・・・ |