〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part ]-T』 〜 〜

2012/02/14 (火) 江 戸 の 本 心 (六)

「殿、仰せられませ。ここに集まっておる者は、みな殿の手足でござりまする」
鳥居とりい 元忠もとただ までがそう言い添えると、家康はもう一度本多佐渡を振り返って、それから改めて一座を見まわしだした。
(なにか、よほど大切なことを言わずにあるに違いない・・・・)
小笠原おがさわら 秀政ひでまさ伊奈いな 熊蔵くまぞう も、永井ながい 伝八郎でんぱちろう も顔を見合わせてうなずき合った。
彼らは古い重臣たちよりも、さらにいっそう家康に惚れ切っている中堅どころで、この場では慎んで口は出さなかったが、内心では、ここでもう一つ、
「── 百万石あれば・・・・」
と言った以上の発言を期待して、胸をはず ませているのだ。
「佐渡、言わねばならぬかの」
と、家康は言った。
「仰せられませ。それが今後の結束のもとになりましょうほどに」
また鳥居元忠だった。
「よし、佐渡、そちから話せ」
家康はそう言うと、ふっと視線をみなからそらして脇息きょうそく を引き寄せた。
しかし、本多佐渡はすぐには口を開かなかった。言い出して誤解されては一大事・・・・
そう考えているようでもあり、言い出す順序に迷っているようでもあった。
「これは、要するに、神仏のお告げでござりまする」
しばらくして佐渡が口を開いたときには、みんなは期せずして吐息した。
(なあンだ。そのようなことか・・・・)
そんな失望がまざまざと看取かんしゅ された。
「ご承知のように、西郷さいごうつぼね がお亡くなりなさるおり、くれぐれも関白と争われな、東へ難をお避けあるように・・・・そう言われて亡くなられたこと・・・・あのことがすでにお告げの先ぶれでござりました」
本多佐渡はそこで、まや小首を傾げて考えて、
「その後・・・・諸般の情勢をいろいろと見ておりますると、まことにそれ・・ が的中しておりますので」
「まことにそれとは何のことでござる」
と、酒井忠次が舌打ちした。
「かかる場合、お身の説明など遠慮すべきじゃ。たとえ殿が、そち言えとお命じなされたところで、ご遠慮申すがお側にある者の礼儀というものじゃ」
「しかし・・・・」
「それならば、もっとハッキリ申さっしゃい。その後諸般の情勢・・・・何がその情勢なのじゃ。奥歯にもののはさまったような言い方は、かえってみんなを迷わせる。一刀両断で行かっしゃい」
忠次が言いたてると、家康は、 「よし!」 と深くうなずいた。
「佐渡に言わせようとしたのは、わしがわるかった。わしの口からハッキリ言おう」
再び一座はシ^ンとなった。
燭台の音がじりじり耳に生きて来る。
「他言は許さぬぞ」
「はは」
「これはの、天下取りの準備・・・・になるやも知れぬと見たゆえ、いわるるままに移るのじゃ」
「えっ!」
彼らの一番聞きたかったことに、家康は真っ向からふれて来たのだ・・・・

徳川家康 (十三) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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