「殿、仰せられませ。ここに集まっておる者は、みな殿の手足でござりまする」 鳥居
元忠 までがそう言い添えると、家康はもう一度本多佐渡を振り返って、それから改めて一座を見まわしだした。 (なにか、よほど大切なことを言わずにあるに違いない・・・・) 小笠原
秀政 も伊奈
熊蔵 も、永井
伝八郎 も顔を見合わせてうなずき合った。 彼らは古い重臣たちよりも、さらにいっそう家康に惚れ切っている中堅どころで、この場では慎んで口は出さなかったが、内心では、ここでもう一つ、 「──
百万石あれば・・・・」 と言った以上の発言を期待して、胸を弾
ませているのだ。 「佐渡、言わねばならぬかの」 と、家康は言った。 「仰せられませ。それが今後の結束のもとになりましょうほどに」 また鳥居元忠だった。 「よし、佐渡、そちから話せ」 家康はそう言うと、ふっと視線をみなからそらして脇息
を引き寄せた。 しかし、本多佐渡はすぐには口を開かなかった。言い出して誤解されては一大事・・・・ そう考えているようでもあり、言い出す順序に迷っているようでもあった。 「これは、要するに、神仏のお告げでござりまする」 しばらくして佐渡が口を開いたときには、みんなは期せずして吐息した。 (なあンだ。そのようなことか・・・・) そんな失望がまざまざと看取
された。 「ご承知のように、西郷
の局 がお亡くなりなさるおり、くれぐれも関白と争われな、東へ難をお避けあるように・・・・そう言われて亡くなられたこと・・・・あのことがすでにお告げの先ぶれでござりました」 本多佐渡はそこで、まや小首を傾げて考えて、 「その後・・・・諸般の情勢をいろいろと見ておりますると、まことにそれ
が的中しておりますので」 「まことにそれとは何のことでござる」 と、酒井忠次が舌打ちした。 「かかる場合、お身の説明など遠慮すべきじゃ。たとえ殿が、そち言えとお命じなされたところで、ご遠慮申すがお側にある者の礼儀というものじゃ」 「しかし・・・・」 「それならば、もっとハッキリ申さっしゃい。その後諸般の情勢・・・・何がその情勢なのじゃ。奥歯にもののはさまったような言い方は、かえってみんなを迷わせる。一刀両断で行かっしゃい」 忠次が言いたてると、家康は、
「よし!」 と深くうなずいた。 「佐渡に言わせようとしたのは、わしがわるかった。わしの口からハッキリ言おう」 再び一座はシ^ンとなった。 燭台の音がじりじり耳に生きて来る。 「他言は許さぬぞ」 「はは」 「これはの、天下取りの準備・・・・になるやも知れぬと見たゆえ、いわるるままに移るのじゃ」 「えっ!」 彼らの一番聞きたかったことに、家康は真っ向からふれて来たのだ・・・・ |