家康は、肚の中で黒田孝高の言葉を味わい直した。 (さすがに秀吉・・・・) 当主の氏直よりも、事をここに導いた強硬派の氏政、氏輝を切腹させて済まそうとする措置は、別しって苛酷とは言い得なかった。 そして老臣の大道寺政繁と松田憲秀の処分は処分に似て処分ではない。彼らは氏政が切腹すれば必ずこれに殉ずる者たちだった。 しかし氏直に、氏規、氏房、氏那などを連れていってもよいという・・・・それは、一時謹慎を命じておいて、やがて北条家再興の含みを残すものであった。 黒田孝高は、その点の相談に前もって与
っていたに違いない。それで家康に安堵し、異議をはさまぬようにと言う言外の注意と受け取れた。 孝高に、喰ってはいけまいと言われて秀吉は、はじめて声を立てて笑った。 「ハハ・・・・まさか、高野山へ追い上げて、干ぼしにもできまい。案ずるな、喰うだけのものは宛
て行 なうわ。のう大納言」 家康はかすかに首を下げたままであった。 秀吉と氏政の器の相違が、この時ほどしみじみと胸にこたえたことはなかった。 (天下を取る男と、家を破る男と・・・・) 「駿河どのは、殿下が氏直を、高野山へと仰せられた意味をお汲み取りでござりましょうな」 と、孝高が言った。 「されば、およそのご心中は・・・・」 「高野山は女人
禁制でござりまする」 「なるほど」 「氏直どのは奥方を伴
なうことはなりますまい」 「いかにも、相分ってござる」 家康は、重く答えた。秀吉自身で言わず、孝高に督
姫別離のことを暗示させようとしているらしい。 「おわかりでござりましょうな」 「よく、相分ってござる」 「それから殿下、城受け取りに真っ先に城内へお遣わしなさるは誰になされまする。そのこともまずもって、通じておくがよろしかろうと存じまするが」 「決まったことを聞くな官兵衛」 秀吉は笑いながら眼を細めて、 「関八州は、大納言がもの。大納言自身が受け取るに決まっておろうが。のう大納言」 家康はこのときにも、すぐに返事は出来なかった。かすかに眼顔でうなずきながら、ふとまた氏直や督姫の哀れな姿が胸をよぎった。 「そのほかに打ち合わせておかねばならぬことがあったかなあ官兵衛」 「いや、城受け取りの手はずを駿河さまにお願いすれば、そのほかのkとは私と滝川とで・・・・」 「高野へ行くまでの氏直を、誰が手元に留め置くかじゃが」 「本来ならば駿河さまにお願いするが順当なれど奥方のこともござりますれば、右府さまご家中の滝川どの陣屋がよろしかろうと」 「そうか、それでよかろう。では大納言、お聞きのとおりじゃ。さっそく、城受け取りの用意にかかっていただこうかの」 家康は鄭重
に一礼して、座を立った。 「では、それがしはこれにてお暇
を・・・・」 (これで小田原のことも終わった・・・・) そう思うと、ぐっと胸が熱くなり、視野が曇って行きそうだった・・・・ |