秀吉は、家康の胸中を鋭く見抜いている眼つきであった。 頬にはいぜんとして笑いとも見れば見得る皮肉な影が動いている。 「のう、大納言」 「はい」 「氏直父子を誤らせた張本人・・・・重臣の中での責任者は、誰であろうかの」 家康は再びハッとして、 「されば・・・・」 慎重に首をかしげながら、ホッと大きく嘆息したままであった。 「やはり、家格、年齢から言って大道寺
政繁 であろうな。官兵衛はどう思うぞ」 家康は答えなかったが、官兵衛は、足を投げ出すような横ずわりのままで、 「大道寺でござりましょうな」 と、しぐに応じた。 「では決まった。降伏と申さずに和議と申せ官兵衛。それがせめてもの北条五代への餞
じゃ。秀吉からの和議の条件・・・・よいか、氏政、氏輝は切腹のこと!」 「氏政、氏輝は切腹のこと!」 滝川雄利はびっくりしてが黒田孝高は、いかにも当然といった様子で復誦
した。 「それに、年寄り大道寺政繁、並びに松田憲秀はこれも切腹」 「は?」 と、滝川雄利は身を乗り出すようにして、 「あの、松田憲秀も!」 「そうじゃ。主家の大事の瀬戸際に、敵に内応するような人非人
を許しては、秀吉の人事にしめし
がつかぬ」 「はッ」 「と、言うのはしかし、表面の理由じゃ滝川」 「表面の理由・・・・?」 「まことは、そうして切腹させてやるのが秀吉の情けじゃ。主家のために計ろうて、裏切り者の汚名に甘んじよう・・・・わざわざそう決心したものを生けおくはかえって不愍じゃ」 「相わかってござりまする」 「それから当主の氏直じゃが・・・・」 そこで秀吉はチラリとまた家康を見やって、 「申し出神妙につき高野山へ退いて謹慎のこと」 きびしく言って言葉を切った。 こんどは黒田孝高がニヤリと笑って家康を見た。 家康はため息を押えた。ついに彼は一言も口を挟まなかったが、秀吉は彼の心を察しきっている様子だった。 「のう大納言、これでお身に異存はあるまい」 「さすがに殿下、いささかもご無理の節はござりませぬ」 「そうであろう。そうのはずじゃ」 秀吉は初めて笑って、 「高野山へ謹慎というても、韮山の氏規、岩槻の氏房、氏那
などはみな連れて行ってもよいと申せ。そうじゃ、切腹した年寄りどもの子もお構いなし、これもみな連れて参るがよかろう」 黒田孝高はフフフと笑った。 「すると、改めてお取立てなさる前に、捨
て扶持 がのうてはなりませぬなあ。そのような大人数では喰うてゆけぬ」 それは、秀吉に言うよりも、家康に聞かせるための言葉のようであった。 |