光悦の目はひとりでに刃物のような光を帯びた。ここもまた彼の心を洗ってくれる清泉ではなかったようだ。 何よりも光悦が嫌いなのは
「世捨て人 ──」 という考え方であった。これは卑怯
な拗 ね者をよそおった敗北者の声でなくて何であろう。 「居士!」 「なんじゃな。もう、怒られたのかの」 利休は、これも不逞
にひびくほど静かに訊き返した。揶揄
とも取れば取れる。 (小僧が何を言うやら・・・・) そんな無関心と関心の入り混じった顔であった。 「居士はいま、そうした手さすびの品を作り、同好者にわけて礼金をせしめると言わっしゃりましたな」 「いかにも」 と、利休は、膝のそばの茶さじを取り上げ、 「このようなものでもの、案外珍重してくれて、三両金の、五両金のという礼金を下さるお方があるものじゃ」 「おたずね申しまする!」 「おお、そう来ると思うていた」 「その場合、居士は三両金下さるお方と、五両金下さるお方のいずれに、その品お贈りなされまする」 「五両金じゃのう。五両金の方が、三両金より二両多い」 「すると、金の多少でお売りなさる、現世のことは、それでよいと仰せられるのじゃな」 「光悦、脱線は慎しまっしゃい。わしは竹細工師ではない。侘びの道を求める者じゃ」 「ならば、何でそのように金の多少を問題になされまする」 「ハハ・・・・問題にしないような顔をして、その実問題にする人よりは、わしの方が少しばかり清潔じゃ。その程度のことよ」 「なぜ、二両金少なくとも、相手の心次第で、少ない方へお譲りなされませぬ」 「光悦、わしは礼金の少ない方へ必ずしも譲らぬとは言わぬ。しかし、所望する両者の人柄が似たり寄ったりの場合には、五両金の方へ贈ると言ったまでじゃ。同じ場合十両献じてくれる人があればむろんそっち・・・・この辺のことはこなたもそうしやるがよいぞ」 光悦は千切れるように頭を振った。 「ご意見はわかった!
しかし、わしまでそのような心になれというご忠告は余計のことにござりまする」 「そうか。それでは勝手にするがよい」 「おお、勝手にさせていただきまする。居士!」 「まだ何か用があるかの」 「それではこなた様は、茶の道を通じて、関白をお導きなさろうという、以前のお志は捨てられたのじゃな」 「いいや、以前も今も、かくべつ変わったつもりはないの」 「と、仰せられると、以前からそのようなお志はなかった。祖師日蓮が鎌倉で辻説法されたおりのような、激しいご気性はお持ちなかったと言われるのじゃな」 勢い込んで光悦がそこまで言うと、利休は舌打ちして笑いだした。 「こわやの、怖わやの。今日蓮が何を言うやら・・・・さ、湯が沸
って来た。鎮魂 のために一ぷく点てよう。まず、気をしずめて、それからあたりを見直しなされな。・・・・」
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