利休は、そろそろ手もとが暗くなりかけているというのに、細い丸太を並べて作った濡れ縁に出て、せっせと竹を削
っていた。 無心・・・・というよりも、それは暮れるを惜しんで急き立てられるように仕事に執念している姿に見えた。 近侍している三人の弟子の姿は見えない。それぞれ庵を出て、夕餉
の用意にでも取りかかっているのかも知れない。 時々びしりと、自分の頬や手の甲をうるさげに叩いた。 「これは、居士
には、ご精の出ますることで」 利休はチラリと眼をあげて、 「おお、光悦どのか」 すぐまた手もとに眼をおとし、それから、何かドキリとしたように小刀をおいて光悦を見直した。 「顔の色がよくない。何かありましたかの」 「はい・・・・つくづく小田原などへやって来たことを悔いておりまする」 「ほう、まあ、おあがりなされ。家の中はいぶしてあるゆえ蚊が少ない」 「お邪魔いたして、よろしゅうござりましょうか」 「帰れ・・・・と、言うても、帰る顔ではない。手すさびはまた明日のことにしましょう」 「花筒でござりまするか」 「尺八だの、茶さじらの・・・・韮山
からよい竹を採って来て貰うたのでな」 「言いながら利休は自分も部屋へ戻って来て光悦を向かい合った。 「近ごろ居士には、ずっと殿下のお側へお出がないようで・・・・」 「そのことじゃ。わしが、伊達どのをお許しあるようにすすめ過ぎたというのでな、強く叱られてしもうて・・・・いや、それに淀の城からお添い寝さまもお着きなされたことゆえ・・・・これ幸いと所労を言い立てての手すさび三昧
じゃ」 「居士さま!」 「何じゃな、さ、お話をうけたまわろう。何があったのじゃ!」 「小田原のご処置は、始から決まっていたようでござりましたな。私は不覚にもそれを知らず・・・・」 「まあ待たっしゃい。始から・・・・と、いうと、いささか言い過ぎじゃが、天下のことは思うに任せぬものらしい」 「私は、徳川さまぐらいは、しんけんに小田原家の残るようなご尽力なさっておわすものと思うておりましたが・・・・」 利休は手を振って苦笑した。 「何の、それでは駿河さまご自身が潰れてしもうわい。まだまだお若いの光悦どのは」 「すると居士は、はじめからそのことをご存知で」 「そうじゃ、知っていた・・・・と、言うと誤解を受けそうじゃが、察してはおりましたの」 「すると、伊豆を加えた関八州・・・・小田原の所領はそのままそっくり徳川家のものということも!?」 利休はこくりとうなずいた。 「その代わり、駿河さまは、三河、遠江、甲斐、信濃とせっかくご苦労なされた国々を召し上げられる。いや、それだけではない。奥州には伊達をおき、伊達の押さえという名目で会津
あたりに殿下腹心の蒲生
どのあたりが目付けに配されよう。そうなると駿河さまも息のつまる思いであろうよ」 そう言うと利休は、戻って来た弟子の一人を呼んだ。灯を点
けよというのであった。 |