あまりに場所柄
をわきまえない作左の罵声
に、秀吉の旗下はむろんのこと、秀吉までが渋い顔で舌打ちした。 家康はと見ると、 (しまった!) と、言うように眉根を寄せて首を振った。 「作左、そちも来ていたのか」 「来ていたのかではない。このざまは何ごとじゃ殿!」 「御前じゃ、無作法であろう」 「何の無作法ぞ。わが主人が誤りを犯すを黙って見過ごすことこそ三河武士の無作法・・・・この作左は武士の作法を履
んでいるのじゃ。殿! このざまは何事じゃ。殿はいつからこのようなへつらい者にならっしゃった」 「無礼であろう。控えよ」 と、秀吉が叱咤
した。 しかし、そのような事で辟易
する作左ではなかった。 作左はすでに、この日、この時をひそかに期して待っていたらしい・・・・ これはどこまでもわが思いのままに生きようとする人生供養
の塔であり、家康への最後の贈り物のつもりでもあった。 いや、あるいはそれ以上に、石川数正との性根くらべであり、武士道くらべであったのかも知れない。 とにかく彼は、彼の癖の
「フフン」 という嘲笑で秀吉の叱咤を見返りもしなかった。 「殿は、そのような殿の振る舞いを、ふしぎとも、おかしいとも思わぬのかッ。ここはいったい誰の城じゃ。少なくともこの国を治むる主が、わが城を他人に貸し、わが身は出稼
ぎ人のように外でウロウロしてよいと思わっしゃるか」 「もうよい、わかったほどに退れ爺
」 「いいや、まだまださがれぬ。その情けない根性に気づくまではさがれるものか。われら三河武士一統は、殿をそのような意気地
なしにするために、幾十たびとなく戦場で生命を賭けて戦うて来たのではない」 「もうよいと申すに」 「殿の体は殿の体であって三河武士一統の表看板じゃ。その表看板がこのように腐ってしもうて、中身が無事で済むと思わっしゃるか」 「わかったゆえ退れ」 「みなまで聞かっしゃい。いまのその根性では、人が貸せと言うたら、殿は城ばかりか奥方までも貸すであろう。それで悔いはないと言わっしゃるのか」 「退れッ」 と、再び秀吉が怒号した。 「おお、他人の指図は仰がずとも申すことを申せば退るわ」 ついに作左は秀吉にも吼
え返した。 「わかったなあ殿! 奥方まで人に貸す人間になって生き恥さらそうと思わっしゃるな。そのような者のために、誰が生命を投げ出して戦うものか。糞
ッ!」 刺刀 を刺すようにそう言い放つと、作左はまた傲然とあたりをへいげいしながらみんなの間を去っていった。一瞬あたりはシーンとなった。 なんという無作法な、何という人を喰った、しかも何という凄
まじい雑言 であろうか。 とっさに人々は批判も怒りもできない呆然さの中で息をひそめた。
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