みんなの前に茶菓
が運ばれた。 小栗大六が茶をすすりながら、京から堺の大商人の中では、茶屋四郎次郎もまた、最も質素のコを知る一人だと話している。 茶屋四郎次郎は頭を掻いたようであった。 「酒ぐらいは出せるのでござりまするが、お館さまに叱られてもと存じまして」 「いやいや、そう言う意味で申したのではない。町にあっても、お館さまの心を心として生きている・・・・その話をしようとしたのじゃ」 「ハハ・・・・私はまた、この粗茶に饅頭
一つでは、あまりにももてなし
が悪すぎる・・・・そういう意味かとひがんで取っておりました」 茶屋と大六のやりとりを、家康はもう心に止めていなかった。 (何事も、その根本に立正の精神がなければ・・・・) 若い光悦のもらしたその一語が、家康の心にきびしく網を張りだしている。 (たしかにそうじゃ) と、家康はわが心でうなずいた。 根本にその心がなかったら、あらゆる動きは策略となり謀議となる。他人はそれであざむき得ても、自分を偽り得ないところに人間の宿命がありそうだった。 (ほんとうの強さは、立正のあとに生まれる・・・・) 「お館さま」 と、改めて光悦が自分に向き直っている。 家康はハッとして光悦に眼と心を向けていった。 「今までは関白さま、これからはお館さまの時代が参るのではござりますまいか」 「なに・・・・これから、わしの時代?」 「はい関白さまが、よくお勝ちなされた。そのあとをよく治めるお人がなければ、関白殿下の偉業も、亡くなられた信長公のご苦心も、民の暮らしの中へは生かされて参りませぬ」 「フーム」
「これから関白のお側にあって、最後の仕上げにご努力下さらば、神仏がおよろこびかと存じまする」 「光悦!」 「は・・・・はい」 「こなたの申すことから、わしは一つの暗示を得たぞ」 「どのような暗示でござりましょう」 「こなたが、何としても戦になると見てとった、小田原の北条と関白の間のことのう」 「はい」 「わしの力で何とか円満に提携
するよう骨を折ってみることじゃ。このうえ戦わせずに済めばそれに越したことはない。これは一つの立正・・・・と気づいたのじゃ」 光悦はちょっと小首を傾げたまま、すぐには答えようとしなかった。 おそらく、
「それは無駄・・・・」 と言いたかったのかも知れない。 「戦えば必ず北条が敗れてゆく。そのことだけを悟らせたら、せずに済む戦・・・・それで北条家も立ち、莫大
な戦費も助かる道理じゃ」 「お館さま、私が申し上げたいのは小田原のことではござりませぬ。そのあとに、起こるやも知れぬ、もっともっと大きな戦のことでござりまする。私は武将と町人の双方と交際しておりますので、その怖れのあることがわかるような気がいたしまする」 光悦は、確信に満ちた様子でそう言った。 |