「そうか。こなたの母御は、絹物着物とせずに皆にwかつか」 家康に言われて光悦はもう一度笑った。 「老母に言わせますると、それがまことの茶の心のようにござりまする」 「なるほどのう、ではもう一つたずねたい。よいか、決してこなたを試しているのではない。家康自身、よい導師に出会うたつもりで訊ねるのじゃ」 「これはまた、もったいないことを!」 「こなたならば、あの大茶会の代わりに何をやるぞ。世が太平になった喜びに・・・・」 「されば」 と、光悦は考えて、 「粥
供養 をつかまつりまする」 「粥供養とは?」 「洛中、洛外の寺院の庭に大釜を据えまして、当日は市民の老幼と共に粥をすすって過ごしまする」 「ほう!」 「関白もない。花子
(乞食) もない。町人もない。武士もない。みながおなじものを啜
りおうて新しい世に出発する」 「こなたの夢は、大きいのう」 「はい、そしてその折みなに申してやりまする。かくのごとく、釜の用意もあり、非常のおり、飢饉
のおりのために米も積んである。これは天子の命
にて、この釜、米ともに関白がしかと預かりおくゆえ、安堵して家業に精出すよう。そしてその方たちが、みな温
い飯にありつくまでは、関白自身、今日のこの粥、おしいただいて啜りつづけようぞと」 家康は、あわてて訊き返した。 「光悦よ。すると、関白は、毎日粥を食して過ごすのかよ」 光悦はまた無邪気に笑った。 「それが、立正の根本かと心得まする」 「フーム」 「民よりおごって民に命令するは無理を強
いるもの。無理が通れば世は乱れまする。市井
の風下なればいざ知らず、選ばれて関白となるほどのお方ならば、そのくらいの我慢がのうてはかないませぬ。万民の富むまでは節倹第一・・・・みなが空腹をなくしたおりに寺院を建て、さらに歩をすすめて茶会もよし、花をかざして踊るのよし・・・・」 「わかった。わかったぞ光悦」 家康は額をおさえて手を振った。 「いやはや、手
酷 しいのうこなたの意見は。武士はみずから耕さぬ。耕さぬものがおごりにふけっては民の負担・・・・家中にそう教えて、麦飯食うておる家康も、こなたに言わせると贅沢
じゃ」 「恐れ入りました。その儀について光悦に感懐がござりまする」 「なに感懐があると」 「はい、光悦がお館さまを敬慕いたしまする第一の理由は、お家に参上いたしましたおりの麦飯にござりまする」 「なに、わが家の麦飯が気に入ったと申すのか」 「恐れながら、味噌椀もまた底がすいて見えまする」 「手痛いことを申すのう」 「しかし、それを頂戴いたすたびに、光悦はこれあるかなと存じ、胸が熱くなりまする」 そう言うと、光悦の眼は真実うるんでくるのであった。 |