(思いきったことを言う男・・・・) 家康はしだいに光悦の気性に引きつけられていった。 渡世
が刀剣にゆかりのあるせいで、あるいは自然に名刀の魂魄が、彼に乗り移っているのかも知れない。正と邪とを鋭く截
ちわけて、逡巡を許さぬものがその面魂
に感じられる。 家康はふと声をおとした。 「光悦」 「はいッ」 「小田原のことはわかった。そなたの眼は活
きている」 「恐れ入りました」 「どうじゃ、その活きているこなたの眼に、こんどの北野の大茶会は何と映じたぞ」 光悦は一瞬ハッしたようだった。批評を許さぬものの批評を求められた困惑が、チラッと眉
の間をよぎった。 「ご風流、まことに、結構なことと存じました」 「結構だけか、ありがたい時世・・・・とは思わなんだか」 「恐れながら、ありがたいと言う言葉は、今少し吟味いたして使いとう存じまする」 「ほう、すると、ありがたい時世とまでは思わなんだな」 「はい。この世にはまだ茶のことなど、楽しめない人々が無数にござりまする。それゆえ、数奇
者 として楽しむは、楽しむ当人にとってありがたいことながら、それもできない人々の存在を忘れたときには無意味になるかと心得まする」 「すると関白殿下のご心事は?
ご心事を何と思うぞ」 「英雄のご心事はわれらの計り知れないところ・・・・と、ご容赦願わしゅう存じまする」 「ほう、しると光悦は、祖師日蓮のご心事は相わかるが、関白殿下のご心事はわからぬか」 「恐れながら、太陽は誰の眼にもハッキリと映じまするが、わが運命の星は見えませぬ。わからぬものが、わかるものより偉大なのだとのご解釈は、ちと、納得
いたしかねまする」 家康は、もう一度光悦の、不逞
不逞 しいまでに冴えた眼をじっと見つめた。 (これは武士としても珍しいほどの気魄を持った男・・・・) そうなるとさらに家康は問い詰めてみたい興味にかられた。 「なるほどのう、すると、これは一つの仮定じゃが、こなたがもし関白殿下ならば、この大茶会はやらぬと申すか。どうじゃ」 「わたしが関白なれば・・・・でござりまするか」 「仮にじゃよ。茶話よ」 光悦ははじめてニコリと頬をくずして笑っていった。その笑顔はまた、人が変わったように清々
しく無邪気であった。 「身辺の話をいたしまして恐れ入ります。実は光悦に一人の老母がござりまする」 「ふーむ、だいぶ話がそれたようじゃの」 「この老母は、光悦が他家から頂戴
いたしました絹物を着せたいと存じて贈りますると、その喜びを皆に分かつのだと申し、これを何十枚かの袱紗
にして、出入りの職人たちの女房子供に与え、かつて一度もわが身の着物にいたしませぬ。これをもって、光悦が答えご推量願わしゅう存じまする」 家康は思わずポンと膝をたたいて、 「どうじゃ茶屋」 わがことのように四郎次郎を振り返った。
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