家康はゾクリとした。 (何という珍しい気魄を持った眸
であろうか) 年齢はまだ三十にならぬらしい。 しかも町人の身で、千軍万馬
の間を往来し、鍛えに鍛えて来ている家康に向かって、一歩もひかぬ気力で対して来るのである。 (本阿弥光二は、よい伜を持った・・・・) 光二と家康は、家康が今川家へ人質となっている頃からの知己
であった。今川家の刀剣の磨きにやって来て、家康の竹千代とうま
が合い、彼のためにわざわざ拵
えを作ってくれた一腰を家康は今も大切に持っている。 「ほう、すると、この家康は、そちの信仰の意にかのうたのか」 「仰せのとおりにござりまする。信長公ご在世の折から、ただ一筋に筋目を通して、安国の道のみ歩ませられた武将は、恐れながら日本国中に、徳川さまをほかにしてはござりませぬ。それゆえ、われを忘れて差し出口をいたしました。お許し下さりませ」 家康は真顔で深くうなずいた。 「差し出口ではない。ありがたいことじゃ。宗旨は違
うても、わしの心、たしかに立正安国のほかにはない。あったら仏に罰せあられようでの」 「恐れ入ってござりまする」 「して、さっき、そちは北条家で、百姓にまで動員のことが及んでいると申したが」 「はい、関白と決戦するには、関
八州の武士たちだけでは足りませぬ。それゆえ、万一に備え領内の百姓すべてを皆兵
とする・・・・これが大殿氏政
のご意見にて、手始めに相州国の百姓が、それぞれ部落単位に武装させられ、猛訓練をはじめましてござりまする」 「光悦!」 「はい」 「苦しゅうない、そちの思うたままを答えよ」 「かしこまりました」 「そちの眼は仏の眼じゃ。不正があれば折伏
しようとする鷹の眼じゃ。その眼でどう見たぞ。北条父子は、わしの口利きで、関白と和する気はあるかないか?」 「恐れながら、ござりませぬ!」 「戦うても負けぬと思うているのじゃな」 「勇はあっても正がありませぬ。戦うも和するも正義のためでなければならぬという、根本の考慮に欠けておりまする」 「うーむ」 「あるいは、備えあれば関白はお攻めなさるまいと考えているのかも知れず、攻められてから和してもよいとたかをくくっておるやも知れません。が、いずれにしろ、それは北条一家の立場のみを考えた利己の心で、日本国のため、万民のためを考える、仏とは程遠いもののように見受けました」 「すると戦になるの、これは・・・・」 「十中八、九まで、避けられないことかと存じまする」 「そうか・・・・」 そう言ってから家康は、淋しそうに茶屋と小栗大六を顧
みて笑った。 「思いに任せぬものよのう、家康ほどになっても、娘と娘の婿さえ救い得ぬとはのう」 「仰せのとおり・・・・人の世は我執
と迷いの淵・・・・それゆえわららだけでも、正を立て貫
かねばならぬと存じまする」 キビキビと答えて、はじめて光悦はホッと息して額の汗を拭いていった。 |