食事を済まして蕉庵が帰ってゆくと、入れ違いに徳川家のお使い番小栗大六と、刀剣目利
きの本阿弥光二の伜光悦
とがやって来た。 聚楽第内では話しにくい情報の交換は、いつもこうして茶屋のもとでなされるのだが、みなが集合すると、永井直勝は縁へ出て見張り役であった。 京の市街はまだざわざわとざわめいている。大茶会の昂奮
の名残が市民の間で消え難いのであろう。西から北へまわりかけた風の音がときどき締め切った障子をかすかに鳴らしていた。 「本阿弥光悦どのは、つい最近に小田原から立ち戻りましたので」 と、小栗大六が言うあとから、 「直接おたずねのこともあらばと、お呼び申しました」 茶屋が、若い光悦をいたわるように口を添えた。 光悦は、町人にしては光りすぎる眼を据えて、全身を固くして家康を観察しているように見える。 初対面ではないらしかったが、このように近く一座しての話などは初めてなのに違いない。 「どうじゃな?」 と、家康は言った。 「北条家には名刀が多いであろうな」 若い光悦はちょっと唇をゆがめかけた。さりがねい相手の話しぶりに、深い興味を感じ取ろうとして、意識過剰
のかたちになっている。 「さしたる名刀も見受けませなんだが、実践に用い得るものは無数にござりました」 「ほう、実戦に持ち得るものと言われると」 「相州
ものでござります」 弾
き返すように答えて光悦は話題を転じた。 「徳川さま姫君が、若君氏直
さまご簾中 にわたられまするそうで」 「そうじゃ氏直はわしの婿じゃが・・・・」 「ご家中では、まさか徳川さまが、殿下のおん妹御とのご縁を重しとして、わが愛姫
をお捨てなさることはあるまい・・・・と、もっぱらの評判でござりました」 「ハハハ・・・・」 家康は笑い出した。 「わしはそのようなことをたずねているのではない。ただ、刀の話をしたまでじゃ」 「そうじゃ、実戦に向くとか向かぬとか申したの」 「はい、申しました。相州もの・・・・と、申し上げましたは、相州一円、鎌倉から三浦三崎あたりまで、百姓どもに総動員を下しておる儀にござりまする」 「なに、それも刀の話か?」 「武力の話でござります!」 光悦はもう一度弾き返すように答えてから、いかにも生活力に満ち溢れた感じで眼を輝かせた。 「われら親子は、代々日蓮宗を信仰いたしまする」 「なるほど・・・・」 「それゆえ、立正安国
の道は終日 われらの念頭を離れぬ祈り・・・・刀を鑑
るも旅をするも、磨 くも飾るもみなその一念に連
らなりまする。その心をもって見
参 らすると、恐れながら徳川さまご一念も安国にあらせられる。これぞ得難き仏縁と、命じられませぬことまで、仔細にさぐり来たってござりまする」 そう言うと、光悦の眼は星のように光ったまま、ぴたりと家康の視線に吸いついた。
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