寧々は自分の言葉が真実に遠い述懐になってゆくのが悲しかった。 もし思うままを口にしてよいのだったら、その言い方は全く別になっていたであろう。 寧々は、秀吉の人生が、最後に至って大きな空虚をはらみだしたことに言いようのない不安を覚えている。天下統一という、かっての日の燃えるような目標は、どう曲げようもないギリギリのものであった。 ところがそれは達成された。そして一足軽から身を起こした秀吉は、いま関白太政大臣という、前人未踏の絶頂をきわめて、ウロウロと次の目標を探しだしている。 せでに絶頂をきわまてしまったのだ。誰も彼に逆らう者もなければ正面から敵対する者もない。 それだけに、次の第一歩を、どこへ踏み出すか分らない危険を内包
しているのだ。 絶頂の次にあるのは天であった。天へ昇ろうとあがくか。それとも世のつねの栄耀
へ歩 を移すか。何十人の愛妾
を侍 らそうと、どのような饗宴
の中に惑溺 しようと、誰もとがむる者がないということは、考えようによれば戦慄
を伴う人間の危機であった。 寧々はそれを秀吉に言いたかったのだ。今こそ秀吉が望んだ、かってのどの戦よりも危い人生の決戦場に臨んでいるのだと・・・・ それゆえ寧々は、大坂城にあって手に汗し、眉をあげてこれを見守っていたいのだと・・・・ 「ふーむ。なるほどのう」 秀吉は、しかしそうは受け取らない様子であった。 (やはり女だこれも・・・・) そんな微笑が、眼尻に薄くにじんでいる。あるいは茶々への嫉妬を押えかねて、いかにも寧々らしいこじつけで無理を言い出した・・・・そんな風に受け取っているのかも知れない。 「なるほど、言われてみれば、一理はあるが」 「一理あると思し召されたら、お許したまわりとうござりまする」 「しかし、寧々」 「・・・・・・」 「世間では、そうは思うまいぞ。関白と北の政所がとうとう夫婦いさかいをした。それでなけてば、あの美々
しい行列で京へ着き、十日経
たぬ内に、すぐ大坂へ帰るなどと言うことはあり得ぬ事だと噂しよう」 「噂などお気にかけさせられまするな。それよりは、ここは戦場、うしろにある本城の備えの固めが後々のためでござりましょう」 「寧々、こなたは、またここを戦場と申したなあ」 「はい、殿下のご生涯を飾
るか否かの最後の戦場でござりまする」 「ハハ・・・・戦い続けて来た者の女房としては無理もない言い方じゃ。が、もうそのような言葉は使うものではない。ここは禁裏のある都の内野じゃ。戦場ではのうてまつり
事の場じゃ」 「いずれにせよ、大坂城はその殿下の支え柱にござりまする」 「よし、言い出したら聞くまい。ではこういたせ。もともとこなたは大坂へ住む気であった。しかし、わしが聚楽を見よと言うて利かぬので見に参った。もはや見終わったゆえ、大坂へ戻って留守をするとな」 その言い方も寧々にはひどく不満であった。これもやはり目標をなくした人間のその場限りの繕
いの声にひびいた。 |