秀吉はムッとして押し黙った。 これだけ彼の方で気を使っている。そうわかったら話題を変える遠慮がほしい。いや、その遠慮は今までの寧々にはあった・・・・ そこで言外にそれを期待して、さあらぬ話を続けて来たのに、寧々はいっこうに話題も変えなければ遠慮もしなかった。 まだ秀吉の思案もはっきり決まっていない茶々姫の問題に、取り乱したと言いたいほどの露骨さで触れて来た。 秀吉は、こんど新しく作らせたキセルを取って一口吹いてみたから、カン高くタバコ盆の縁
を叩いて抛 り出した。 寧々の方はケロリとして冷静に秀吉を眺めている。 「寧々」 と、秀吉は、押し殺した声で呼びかけた。 「こなた人が変わったの」 「ホホ・・・」 「何がおかしいのだ。以前には、どのような腹に据えかねることがあっても、どこかに詫びやすい労
りと隙があった。が、近ごろはそれがない。冷たい理詰めだけが情愛ではあるまい」 「ホホ・・・・」 寧々は笑い続けた。 「そうまで仰せならば、もううかがうことはやめまする。したが、変わったのは寧々の方ではなくて、太政大臣
とかにおなりなされた殿下の方・・・・とは思われませぬか」 「わしが変わる・・・・そのような事があるものかッ」 「ではうかがうのはやめまする。それが労りとあれば、申し上げることはござりませぬ」 「寧々、わしは、どのようなことがあっても北の政所として、こなたへの情と礼とは欠かぬつもりじゃ。こなたもそれはわかっていようが」 噛んで吐き出すように言われて、こんどは寧々が押し黙った。 淋しかった。 (かっての側室のときとは違う・・・・) 今までは少してれた
駄々っ子の表情で、しかし大したこだわりも見せずに寧々に話した。それゆえ寧々も笑って同意して来たのだが、こんどはまるで違う手応
えだった。 (あるいは心で、有楽の言った妊娠云々に期待をつないでいるゆえではなかろうか・・・・?) そうあっても無理はないと寧々は思う。世継
ぎのない淋しさは寧々の方が秀吉以上であった。 しかも有楽はそれを 「わしの才覚 ── 」 と告白している。嘘なのだ。嘘とわかったおりに、秀吉の落胆と怒りを見るのはたまらなかった。 「阿茶々のことは・・・・」 やっぱり寧々は、このまま黙って傍観者になれなかった。年齢を超
えて、いつからか母のような労りを秀吉におぼえている。 「阿茶々のことは?」 秀吉は聞き返した。彼の方でも寧々が折れて出てくれるのを、わがままな童子のように甘えて待っている。そんな眼だ。 「世間に笑われないよう、身分にふさわしいお扱いを願わしゅう存じまする」 寧々は思い切ってそう言った。そう言う事が関白太政大臣の正夫人である自分の雅量
であり、理性でなければならないと、どこかで悲しく命じているものがある。 「身分に応じた扱いをの」 秀吉は、声をはずませて身をのり出した。 |