寧々は、口辺
に皮肉な笑みをうかべたままで有楽を見返した。 今さら、ほとほと手を焼いたもないものと、腹の底ではおかしくもあり憎くもあった。 (あるいは世間の噂はまことなのかもしれない・・・・) 有楽がひそかに愛していた阿茶々を秀吉に奪われたので、有楽ほどの男も動転している・・・・それにしても、秀吉に、懐妊しているかも知れぬとは、何という弱点につけ入った奸智
に長 けた言いより方であろうか。 寧々が考えても、そういうことが、一番秀吉を操
り得る言葉とわかっている。 「有楽さま、話は順を追うてするものじゃ」 「それがあまりにも手を焼きましたあとなので」 「懐妊は、うそかまことか?
阿茶々が言い出したのか、それとも有楽どのの才覚か」 「正直に白状いたしまする。それは有楽の困
じ果てた末の才覚にござりまする」 「どうしてこなた様は、それほどお困りなされたのじゃ」 「はい。殿下の方は北の政所さまに行列に加わって、都
に参れと仰せある。阿茶々はそのような事はできぬと言い張りなさる」 「それでこなた様は、阿茶々どのは押さえ得ないと判断して、殿下の方を偽ったのじゃな」 「政所さま!
お慈悲でござりまする。どうぞ、それだけは、殿下のお耳に入れませぬよう」 「殿下のお耳に入る入らぬではない。わらわは、こなた様の才覚が、姪
より殿下を軽んずる、不遜なものを含んでいると言うておるのじゃ」 「政所さま!」 ついに有楽は、叫ぶように言って畳みの上に両手をついた。 「それを仰せられると、有楽はお側
でのご奉公がなりませぬ。お慈悲にござりまする。有楽の不念、思案の足りぬ軽薄さであったとこの場限り、ご了見願わしゅう存じまする」 寧々は、息をつめて有楽を見返した。 たしかに有楽の言うとおりかも知れない。しかしその噂は子供の産めない寧々にとっては何とも言いようのない残酷な嘘であり責め手であった。 「このとおり、深くお詫び申し上げまする。阿茶々を押えようとせず、殿下をたばかったはまことに有楽一生の不覚でござりました」 寧々はしだいに、自分も哀れになったが、有楽も哀れに思えてならなくなった。 信長の弟に生まれていながら、こうして秀吉に仕えている。それも自分の信ずるところをそのまま行い得る仕え方ではなく、みじめな機嫌取りに終始するp伽衆同様の身分で・・・・ 「分りました」
と、寧々は言った。 「それもこれもできてしもうた事じゃ。話をさきへすすめましょう」 「ご了見下さりまするか」 「お慈悲と言われては、このうえ責めることもなりますまい。したが有楽どの、子供のことは罪が深いと思われませぬか。わらわがどのように辛
いかを」 「言われてみて、はじめて悔いておりまする」 「もうよい。では、阿茶々どのをどこに住まわせるお気か、こなたの考えどおりに申されませ」 寧々はじっと沸き立つ感情をおさえて他人事のように言った。 「都へ来るとあれば、孔雀には孔雀にふさわしい巣がなければなりますまい」 |