聚楽第へ着いて三日目に、寧々は侍女の口からはじめて茶々姫の名を聞いた。 むろん寧々に告げるための話ではなく、朋輩
同士の噂話にすぎなかったのだが、それは聞き捨てならないものを含んでいた。 「── 茶々さまがお供の行列に加わらなかったわけをご存知か」 と、一人が寧々の手廻り品を片づけながらもう一人に言った。 「──
おお知っていますとも、阿茶々さまはまだ正式にお部屋さまとは決まっておらぬ。それゆえお供に加われば、われら同様に扱われよう。それを嫌うて加わらなんだそうな」 「──
ホホホ、それはうわべ
のこと、裏があるのじゃそのことには」 「── 裏がある・・・・と、言われると?」 「── 茶々さまは懐妊しておられるそうな」 「── まあ!
殿下のお胤 をやどして!?」 「──
と、言うことにもまた、裏があるという話じゃ」 「── 何を言うぞえ、びっくりさせておいて」 「── でも、裏には裏のある世の中ゆえ、聞いたままをなあ。何でも懐妊している・・・・そう言わねば、殿下がお許しないゆえ、殿下をだまして行列に加わらなんだという話じゃ」 「──
あの茶々さまが、殿下をだまして!?」 「── いいえ、これは阿茶々さまの知恵ではない。みんな有楽さまの才覚じゃそうな。有楽さまは、殿下に茶々さまを奪られてひどく口惜しがっておいでなさる。それで別にあとで供ぞろいをさせてここに繰り込ませるのじゃそうな」 そこまで聞いて寧々はわが居間を通りすぎて大政所の居間へ入った。 胸の中はおだやかではなかった。 茶々姫を京へ召し連れる・・・・それだけでも不快さは充分だったのに、それがこんどは行列に加わらず、あとから別にやって来るというのだから無理もなかった。 しばらく大政所のもとですごして、話のすんだころに居間に戻ると、寧々は老女に命じ、有楽が京へ着き次第、寧々のもとへ来るようにと使いを出させた。 有楽がやって来たのはそれから一刻
半ほどして、新しいいらか
に燦々 として夕陽がきらめきだしたころだった。 「お召しなそうで、急いでやって参りましたが」 有楽は鄭重に一礼すると、右わきの壁に描かれた狩野
永徳 の孔雀
の絵に目を細めた。 「ほう、これは見事なものでござりまするなあ。まるで北の政所さまと妍
をきそうておいでなさるようで」 「有楽どの」 「はい」 「妍をきそう生きた孔雀のう」 「生きた孔雀・・・・が、どこぞにおりまするか」 「ホホ・・・・こなたのもとにおるではないか。あの孔雀、納める場所は用意してか」 「はて、何のことでござりましょう」 「それ、みごもったとか、それが嘘とかいう孔雀のことじゃ」 「ああ、そのことで」 「そのことじゃ。こなた様の腹ではどうしてやろうと思案はすでに決まっているはず。思うままを申されませ。あの孔雀は寧々にとっても主筋に当たる孔雀ゆえ、こなた様の思うように取り計ろうて進ぜたい」 寧々にそう言われると、有楽は警戒して意地悪そうにまばたいた。 |