「それが、まことならば・・・・」 汗を吹かせたまま、秀吉は、全く夢想の世界をのぞいている顔であった。 「わしの生涯は、新しく始まるとも言える。の有楽」 有楽は憎いほど取り澄ました表情で、 「は?
何と仰せられました?」 「いや、お身にはわからぬことじゃ。誰にもわからぬことかも知れぬ。わしはな、長浜で一子を儲
けた時はいまよりもずっと若かった。子供というものが人生に対してどのような意味を持つものか、深く考えてもみなかった。とにかく頭の中は仕事でいっぱいだったからの。それでも急に身辺がパッと一度に明るくいなったような気がしたのは覚えている。これが愚かだったらどうしようかと案じたり、どのように育てようかと先陣の間でうっとりと思いを馳せたりした・・・・しかし、それは育たなかった。寧々は泣いた。あれは、二度ともう自分が懐妊できないことを知っていたかも知れない。女というものはそういうことにはひどく敏感なものじゃ。それでな、わしは自分よりも寧々が哀れになって、右府さまに頼んで秀勝を養子にしたのじゃ。このままおいては寧々が患
いつこうと判断しての・・・・そのわしに、五十を過ぎて子を恵まれる・・・・こりゃ・・・・しかし嘘じゃ。信じられぬ!」 有楽はふたたび視線をそらして、静かに扇子
を開いたり閉じたりしている。 (これは自分の答うべきことではない・・・・) そう思って、つよめて秀吉の述懐のさまたげをすまいとしているかのような様子であった。 「有楽!」 「はッ」 「こなたはどう思うぞ」 「何を・・・・でござりまするか」 「茶々がことじゃ。阿茶々の言うことを聞いておいてやるより仕方があるまい」 「殿下の思
し召しのまま・・・・と、お答えするよりござりませぬ。ただ有楽が止めたのでは、姫が納得つかまつりませぬので」 「懐妊しているとすれば・・・・」 秀吉は、これもまた目を宙に据え直して、 「輿の旅はよくないそうな。水子
になって流れるおそれがある。仮に茶々がそれを知って嘘を申しておる・・・・と、しても、ここは黙ってきき入れておかねばなるまい」 「・・・・・・」 「どうじゃ有楽、いや、お身にも、この秀吉の気持はわかるまい」 「・・・・・」 「しかし、これは、寧々にはうかつに聞かせれぬことじゃ。あれは嫉妬深い女子ではない。側室のことまであれこれ、わしに助言するほどじゃ。が、子供が出来た・・・・となれば問題は違うて来る」 「そうじゃ。うかつにのう。わしの愕きが大きいように、あれの愕きも大きかろう」 そう言いながら秀吉は、これですっかり
「頂上 ──」 へたどりついたという、ふしぎな淋しさから解放されて、羽の生えたような、昇天しそうな昂
ぶりの中にさまよいだしているのに気がつかなかった。 |