長政は秀吉の口にした抱負が、何を基礎にして考え出されたのか知らなかった。 それだけに愕き方は大きい。私闘をなくするための地検、それがそのまま善政悪政の政治評定となり、領民の不平を押さえて一揆をなくする基
になる・・・・刀狩りのことはとにかくとして、これだけ一石
で三鳥 も四鳥も射落とす妙策を考え出せる秀吉の頭脳というものは、ただ驚嘆に価
する稀有 のものに思われた。 「恐れ入りました・・・・」 と、長政は言った。 「それをうけたまわって・・・・北の政所さまよりも、まずわれらの胸が晴れました」 秀吉はゆっくりとうなずいた。 「人間はの、生まれながらにして器
の大小があるものじゃ。秀吉は決して寧々が小さいと言うのではない。寧々もまた女子としては稀
にみる才気を持って生まれた女子じゃ。しかし、寧々に汲み枯らされるほど秀吉の思案の井戸は浅くはない。おりあらばそのことを語り聞かせて、つまらぬ心配はするなと申せ」 「はい、よく相わかってござりまする」 「では寧々の申し出どおり、男たちの見送りは禁じるがよい。案じてくれるあれの真心を無駄にも出来まいでの」 長政ははじめてホッと吐息
をついて頬を崩した。改めて主人を見直す信じきった表情が、そのままあらわにむき出されている。 「よい退れ」 「これで安堵いたしました。では・・・・」 長政がさがってゆくと、今度は次の間に控えた利休が居間へ入って来た。 一日中絶ゆることのない接見の相手の中で、利休は今まで気のおけぬお伽衆
の一人であった。しかし今日の秀吉は、なぜか気むずかしい表情で利休を拒
んだ。 「茶会の打ち合わせであろう。今日はもうよい」 「は・・・・北野の地の、それぞれの地割ができましたので、お目にかけようと存じ・・・・」 「あとで見よう。置いて参れ」 利休は不機嫌と見てとって、そっと文机
の上に小さな巻物をのせて黙ってさがった。 と、こんどは小西行長だった。 行長の用は父の寿徳とともに切支丹の宣教師たちの国外追放の日延べを嘆願に来たものと人目で分った。 「今日は話を聞くまでもない。神父たちが反省すればそれでよいのだ。むごく急
く意志はないゆえ後にいたせ」 これもそのまま追い立てるように帰して秀吉は考え込んだ。 何かしら寧々の言葉というのが気になった。 (他人をおどろかすことしか知らぬお方・・・・) 口では器が違うの、日本中の検地をするのと長政を言いくるめたが、それだけで不世出の大英雄と仰がれるほどの遺業が残るかどうかは不安であった。 検地のことを思いついた原因は納屋
蕉庵 の言葉にあった。蕉庵はそれで戦をなくしたり、善政の基礎が築けるなどと言ったのではない。 「──
日本国は六十余州、これをすべて掌中
におさめても、一国ずつあて行
なって六十余人の国持ち大名しか作れません・・・・」 と、日本の狭さ、貧しさを指摘したのだ。 秀吉は脇息
を引き寄せて頬杖 をついた。 (検地だけでは、あの大勢の功臣どもに分けようがないかも知れぬ・・・・)
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