「よいかの長政」 秀吉は一段と声をおとして、さとすような口調になった。 「二つの原因の、その一つは、島津
と大友 のような大名どもの所領争い。これはいつでも戦になり得るからの。もう一つはあらぬ扇動者
のおだてに乗ってする領民どもの一揆・・・・これだけじゃ」 「ほう・・・・」 「それゆえ、秀吉はその二つをなくする妙策を立てておる」 「戦の根をたつ、妙策でござりまするか」 秀吉はコクリと簡単にうなずいて、 「改めて日本中の検地
をしてな、隠し反別
のないように所領の石高
をきちんと割り出して見せてやるのじゃ」 「それが、どうして戦の根を断つことに・・・・?」 「大名どもの石高は裏も表もなくハッキリとして行こう。今までの争いの種は表高
が少なくて、実収の多い地続きの土地が争奪の種になっている。それゆえ、検地でこれをハッキリさせると、領地の争いはそのまま秀吉への叛逆を意味して来る」 「なるほど、それは、そうなりまするなあ」 「秀吉への叛逆となっては、一大事ゆえ勝手な戦はできまいが・・・・それに、表高がそのまま実収と決まってゆくゆえ、領民からの取り立てもことさらに手ひどい事はできなくなる。名君と暗君の差が、年貢
でハッキリするからの」 長政は、思わず膝を叩きそうになって息をのんだ。 (寧々も寧々なら、秀吉もまた、決してただの思いあがり者ではない!) 「つまり日本中の検地が、日本中の戦の種を刈り取るという妙薬じゃ。そうであろうが、手きびしい年貢の取立てがなければ、百姓どもも、切支丹利用の怪しい扇動者などのおだてに乗らぬ。そのうえにもう一つ検地が済んだら一揆を防ぐために、刀狩をやるつもりじゃ」 「刀狩・・・・と仰せられますると」 「暮らしは関白が保証する。無頼
の徒や曲者 どもも関白が取り締まる。それゆえ百姓はおっさい武器を持つことは相ならぬいとなあ・武器はときどき凶器になる。これがなければ私闘も絶滅する道理じゃ」 そこまで言って秀吉ははじめてニタリと笑
い皺 を見せた。 「どうじゃ、そうした施策の前ぶれじゃ。聚楽第への移転も、大仏の開眼
も、北野でやる大茶会も・・・・こうして民心を安堵
に導き、その上でなければ武器まで取り上げられまい。寧々は賢婦人じゃ。が、やはり女子
の眼は狭 い。それでわが身が、人を驚かすことよりほかに能はないなどと、何もかも忘れて遊び呆
けるかのように案ずるのじゃ」 「・・・・・・」 「が、そうではにぞ。秀吉には最後の目的が一つある。戦などなくなるものではないと信じ込んでいる者どもに、本当の戦のない世を作って見せて愕かす・・・・これがわしの愕かし仕舞
いじゃ。どうじゃ、わかったか」 長政はいつか両手を膝から下ろして畳についていながら、それに少しも気がついていなかった。 秀吉の考えていることが、そのまま彼の脳裏
で、あざやかに再現されているのであった。 |