〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part ]-T』 〜 〜

2011/12/24 (土) 頂 上 (七)

「よいかの長政」
秀吉は一段と声をおとして、さとすような口調になった。
「二つの原因の、その一つは、島津しまず大友おおとも のような大名どもの所領争い。これはいつでも戦になり得るからの。もう一つはあらぬ扇動者せんどうしゃ のおだてに乗ってする領民どもの一揆・・・・これだけじゃ」
「ほう・・・・」
「それゆえ、秀吉はその二つをなくする妙策を立てておる」
「戦の根をたつ、妙策でござりまするか」
秀吉はコクリと簡単にうなずいて、
「改めて日本中の検地けんち をしてな、隠し反別たんべつ のないように所領の石高こくだか をきちんと割り出して見せてやるのじゃ」
「それが、どうして戦の根を断つことに・・・・?」
「大名どもの石高は裏も表もなくハッキリとして行こう。今までの争いの種は表高おもてだか が少なくて、実収の多い地続きの土地が争奪の種になっている。それゆえ、検地でこれをハッキリさせると、領地の争いはそのまま秀吉への叛逆を意味して来る」
「なるほど、それは、そうなりまするなあ」
「秀吉への叛逆となっては、一大事ゆえ勝手な戦はできまいが・・・・それに、表高がそのまま実収と決まってゆくゆえ、領民からの取り立てもことさらに手ひどい事はできなくなる。名君と暗君の差が、年貢ねんぐ でハッキリするからの」
長政は、思わず膝を叩きそうになって息をのんだ。
(寧々も寧々なら、秀吉もまた、決してただの思いあがり者ではない!)
「つまり日本中の検地が、日本中の戦の種を刈り取るという妙薬じゃ。そうであろうが、手きびしい年貢の取立てがなければ、百姓どもも、切支丹利用の怪しい扇動者などのおだてに乗らぬ。そのうえにもう一つ検地が済んだら一揆を防ぐために、刀狩をやるつもりじゃ」
「刀狩・・・・と仰せられますると」
「暮らしは関白が保証する。無頼ぶらい の徒や曲者くせもの どもも関白が取り締まる。それゆえ百姓はおっさい武器を持つことは相ならぬいとなあ・武器はときどき凶器になる。これがなければ私闘も絶滅する道理じゃ」
そこまで言って秀吉ははじめてニタリとわらじわ を見せた。
「どうじゃ、そうした施策の前ぶれじゃ。聚楽第への移転も、大仏の開眼かいげん も、北野でやる大茶会も・・・・こうして民心を安堵あんど に導き、その上でなければ武器まで取り上げられまい。寧々は賢婦人じゃ。が、やはり女子おなご の眼はせま い。それでわが身が、人を驚かすことよりほかに能はないなどと、何もかも忘れて遊びほう けるかのように案ずるのじゃ」
「・・・・・・」
「が、そうではにぞ。秀吉には最後の目的が一つある。戦などなくなるものではないと信じ込んでいる者どもに、本当の戦のない世を作って見せて愕かす・・・・これがわしの愕かし仕舞じま いじゃ。どうじゃ、わかったか」
長政はいつか両手を膝から下ろして畳についていながら、それに少しも気がついていなかった。
秀吉の考えていることが、そのまま彼の脳裏のうり で、あざやかに再現されているのであった。

徳川家康 (十三) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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