長政は渋い表情のまま二の句がつげない想いであった。 自分も話を曲げていったが、秀吉の受け取り方はまた何という見当違いの逸脱
ぶりであろうか。 寧々は、近ごろの秀吉に頂門
の一針 を加えるつもりらしいのに、秀吉は全然逆に自信を高めている。 (まるほど、これでは距離がありすぎる・・・・) 琵琶
法師 のよく言う、おごる平家は久しからず・・・・という一語が、ちらりと長政の胸をかすめた。 「よし、寧々の思いのままにさせるがよいわ」 秀吉はすっかり上機嫌になって、 「では荷輿の数はさして減らすに及ぶまい。男どもは、僧侶に至るまで見物はならぬと布令
させておけ」 あっさりと寧々の申し出を聞き入れられて、長政は心でうろたえていた。 これでよかった! とにかく風波は起こらずに済む・・・・そう思いながら胸の中に大きなしこりが残ってゆく。 「治部は退
ってよい。長政はほかにも用もあればしばらく残れ」 秀吉は、再び以前の事務的な口調に返って、三成が去ってゆくと声をおとした。 「長政、寧々は、何が気に入らぬのじゃ?」 不意を突かれて長政は
「あっ」 と言った。 (事は済んだ・・・・) そう思ったのは長政の早合点で、どうやら秀吉は三成に聞かせたくないため、わざわざ答えをよそおったものらしい。 「お許
の顔に、気にかかることがあると書いてある。秀吉の眼は節穴
ではない。何を言われて来たのじゃ」 「はッ、それが、少々・・・・」 「言いにくいことを申したか。嫉妬か因
は?」 長政はゆっくりと首を振った。 「では、わしのやり方が派手すぎると申すのか」 「いいえ、それだけでも・・・・」 「ふーむ。すると、何か大名どもの中に気にかかる動きでもあると申すか」 「それが、殿下ばかりへのご不満ではのうて、われわれ側近の無能に対する叱声
とも」 「なに。みなの無能に対する・・・・」 「はい。殿下のなさることは、一にも二にも人を愕
かそうとなさることばかり。愕かすよりほかに能はないのか。それでお側の者の役目が立つのかと仰せられました」 秀吉はフフンと鼻の尖で笑った。 「そのようなことか」 「はい、そのいなことで」 「いかにも秀吉は、人を愕かせ、他人を奮い立たせるために生まれて来たのじゃ」 「なるほど」 「百姓の子から天下を取った。それがいま、日本中に戦
をなくする根本策を思案中じゃ」 「・・・・・」 「これからもし戦があるとすれば三つの場合が考えられる。その一つは、誰かが秀吉の命に従わざるとき・・・・しかし、それはもはや問題にはならぬ。誰も秀吉の討伐勢に歯の立つ者はない。さすれば原因は二つにしぼられる」 長政は小首を傾げたままじっと秀吉を見上げていった。寧々も彼には想像も出来ない鋭敏さがあったが、秀吉もまた、何を言おうとしているのか、まるきり掴
みようのない飛躍を見せる・・・・ |