本丸二層の秀吉の居間では、いま家康を送り出して戻って来た秀吉が、険
しい表情で石田 三成
に何か命じているところであった。 長政はギクリとした。 「治部
、政治というものはな。民を喜ばす・・・・ただその一事に尽きるのじゃ。詫
び茶をすすめて何が悪い。どれほどの費
がある。一椀の茶を喫する・・・・それを風流と心得て、深く宇宙のありようや人生を考えさせる・・・・少しも悪いところはあるまい。察するところ、治部は利休
と肌が合わぬのじゃな」 石田三成は、長政が入って来たので、それなりその話にはふれなかった。 「家康とて、ああしてしだいに心を許して来るではないか。何の茶会で彼に軽んじられなどするものか。それよりも切支丹の者どもの一揆のことなどよく調べよ。信ずるなというのではない。無知な民を扇動
して、わが野心をみたそうとする不心得者は、まことの信者とは認め難いによって処分せよと申すのじゃ。それと茶会と混同するな」 長政は、秀吉の言葉の端から、何が話されていたかを想像しながら三成の上座に並んだ。 「長政か、北の政所のご機嫌はどうであった?」 「はい。それが・・・・」 ここで話すのは、拙
くはあるまいかと逡巡
のいろを見せると、 「何が気に入らぬというのじゃ。申してみよ」 秀吉がもう先を読んで、いっそう眉をけわしくした。 「率直に申し上げますると、行列の美々
しすぎるは心苦しい。世間に遠慮して、質素になさりたいとのご希望にござりまする」 「なに遠慮! わしが、誰に遠慮がいるのじゃ」 「私は、北の政所さま、ご意見をお取り次ぎ申し上げておりますので」 「フン、それもよかろう。世間をはばかって見せるも床しいものじゃ。それでは荷輿
の数二、三十も減らしておけ」 「次に・・・・」 「まだ、何か申したか」 「女たちの多い行列なれば、男たちの見物はお断
りしたいと申されまする」 「男たちに見せたくないと?」 秀吉はいぶかしげに小首を傾げて、 「フン、何しろ関白の政所じゃからの。顔をさらしものにしたくないと言う意味かも知れぬ。誰かに故事でも聞いたと見えるわ」 「また、僧侶も、男なれば見物の儀は・・・・」 そこまで言って長政は冷たい汗がタラタラと腋
を流れてゆくのを覚えた。 同じ結果になっても意味は全然別であった。 (わしはみな事を曲げて話している・・・・) 秀吉は突然顔崩して笑いだした。 「アッハッハ・・・・それでわかった!
そうか坊主ごもにも顔は見せぬか」 「恐れながら、どうおわかりなされましたので?」 「これはの、夫婦の仲の秘めごとじゃが、わしはやがて高麗
から大明 、南蛮国
まで手中におさめて見せると語って聞かせたことがある。寧々も女子じゃ。それほどの大人物の奥方ゆえ、たとえ上人
僧正 なりとも、顔をさらしものにはせぬぞという、いかにもあれ
らしい見識 じゃ。ハッハッハ、やはり良人を知るは妻に如
かず。ついに寧々も、わしの大志にふさわしい輪廓
をそなえて来たわ。そうか。そう申したか・・・・」 |