長政は、寧々の言葉の意味を噛みわけるのにしばらくかかった。 すでに移転はこの十三日と決定し、諸般の準備はととのっている。そうしたときになって男の見物は許さぬとは、寧々から秀吉への挑戦状にひとしかった。 「政所さま」 「しばらくじっと考えてから長政は口を開いた。 「何か、殿下にご不満がおありのようで」 「いいえ、不満などあろうはずはありませぬ」 寧々はとりつくしまもない口調で、 「そうじゃ。男たちはかりでのうて、僧侶もいっさい見送り無用とお伝え下され」 「僧侶も・・・・!?
それは何のためでござりまする」 「僧侶には女犯
の戒がある。それらの人々にことさら関白の奥の賑
やかさを誇示するは心ないことじゃ。関白は切支丹
のバテレンたちさえ追放なされた。そのお方に、慎みの心がなくば、妻のわらわが取りつくろう・・・・おわかりであろう」 長政はハタと言葉に詰まってしまった。 (これは、並の諌言
ではない・・・・) 寧々ほどの女性が、いざ大坂を発つとなってこれだけのことを言い出すのはよほどの決心があっての事だろう。 「政所さま」 「まだ何か?」 「政所さまは、こんどのご移転を期に殿下へ諌言なさるお心のようで」 「いいえ、これは平素からの妻の心掛け・・・・それ以外の何ものでもござりませぬ」 「しかし、ここで、男も僧侶も見送りかなわぬと仰せ出されては・・・・」 「婦道にそむきまするかな。寧々にはそうは思えませぬが。大坂城で世人をおどろかせて、大仏殿でおどろかせ、聚楽第でおどろかせ、そのうえ行列でおどろかせて、大茶会でまたおどろかせる・・・・殿下には、民をおどろかせることしか芸がないのか。いいえ、そのあとでは一体、何でおどろかせるお心なのじゃ。程々にせぬとおどろかす種もなくなろうほどに、この寧々にかかわることだけでも、少しは慎しみをなあ」 浅井長政は改めて大きくため息をくり返した。 たしかに寧々は並の女ではない。 これはひとり秀吉への諌言ばかりでなく、側近の者への痛烈な皮肉でもあった。 (いったい秀吉に、このようなことばかりさせておいてよいのか?
もっと根深い文化政策を建てずにおいてよいものかどうか・・・・?) それはいつも長政の胸で繰り返される自問自答であったが、どうやら寧々は、手きびしくそれを突いて来たようだった。 長政はまたしばらくじっと坐っていて、それから鄭重
に一礼した。 「お言葉、そのまま殿下にお伝え申し上げまする」 「そうしてたもれ」 「しかし、改めて殿下からご意見がありました節は、何とぞ、お譲り下さいますように」 「ホホ・・・・お案じなさりまするな。まだ殿下は、それほど分別を失うてはおられぬはずじゃ」 長政は黙って席を立った。 京都移転が、このような険悪な空気を夫婦の間にはらんで来ようとは・・・・
|