浅野長政は寧々が秀吉の手紙を読んでいたと知ると、これもかすかに頬を崩した。 女関白の半面をのぞいた気がして心がほぐれたのであろう。 そう言えば、近ごろ寧々は女性らしさをなくして、物語の中の北条
政子 を連想させるものがあった。秀吉が、例の気性でこだわりなく政治向きのことを口に出させたせいもあろう。九州の人事にまで介入
し、肥後へは佐々 成政
を推挙して、現にその地方では一揆が起こりかけている。 秀吉の宣教師追放のことにも口を出し、その緩和
を願って熱心に運動して来る小西
行長 や、その父の寿徳
などをたびたび引見
しているようであった。したがって諸大名の中には寧々を恐れる者と、眉をしかめる者と、取り入って利用しようとする者とがめっきり殖えている。 長政はそうした寧々を警戒はしだしていたが、諫
める必要はないと信じていた。 寧々ほど真剣に秀吉の身を案じ、その功業を完
うさせようとして、細心の注意を払っている者はほかになかった。 その意味では寧々は文字どおり秀吉のよりよい半身に違いなかった。 「ご移転の支度は、ほぼ出来ましたようで」 長政は打ちとけた様子で室内を見廻しながら、 「大坂ご出発の行列について、殿下より、政所
さまご希望は、充分に斟酌
いたすようにとのご下命がござりました」 「ほう」 と寧々は悪戯
っ児 のように眼を細めて、 「行列の中へは、やはりあの人を加えるお気であろうかの」 「あの人と仰せられますると?」 「ホホ・・・・だんだんお許も殿下に似て来られる。阿茶々どのがことじゃ」 「政所さま仰せにて、かなわぬとあれば、それがしから改めて殿下に申し上げまするが」 「かなわぬと言うたら、わらわが嫉妬
していると、また陰口の種
になろう」 「さあ・・・・」 「困った顔をなさらずともよい。加えるお気ならば、そのまま連れて往
んだがよかろう」 寧々はさらりとした調子で言って、しかし次にはきびしく眉をひきしめた。 「したが、この行列、沿道で男たちには見せぬよう、それがわらわの願いゆえ、その旨
しかと伝えてたもれ」 「えっ!?」 秀吉は、寧々が京へ着くと間もなく内裏
へ参上して、従一位の宣下
を乞うつもりであり、それだけに今度の行列は一世一代の豪華さで後世の語り草にもなるように・・・・と、そんな夢を広げている。その夢を知り尽くしているはずの寧々が沿道へ男は立たせるな・・・・とは、何を考えての言葉であろうか・・・・? 「沿道へ男は出すな・・・・と、仰せられまするか」 「そうじゃ」 寧々はあっさりとうなずいて、 「たとえ関白の内儀じゃとて、母親じゃとて、世間への慎
しみはなけれなならぬ。これ見よがしの行列は神仏への怖れもある。男たちは家業に励んで見送り無用。女は女同士ゆえ、女たちだけの見送りは受けましょう」 事もなげに言って手筥
を片づけだした。 | 徳川家康
(十三) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ | |