「何が損じゃ。心得ぬことを言うぞおぬしは。申してみよ。損のわけを・・・・」 相手はいつか刀の柄
から手を放して、おかしいほど素朴に、茶屋の意見を聞く態度になっていった。 (なるほど、ここらに石川どのの言われた、何とも言えぬよさがあるわい・・・・) 茶屋の心も見る間にほぐれた。 「損のわけなら申しましょうとも。先方の人質乞うたは何のためか、よく考えてみなさるがよい。これは筑前が、おれの顔を立ててくれぬかという哀れな頼み。人質も取らずに和議を結んだ・・・・とあっては世間に笑われようかと、子供のような見栄ではないか。それゆえ、こっちから、怒らずに、それはできぬのう・・・・あっさりと断ってやればよい・・・・と申して来ました。そうであろうが。石川どのは一度は使者ゆえ、お館さまへ取り次がねばならぬ。が、取り次いでみて断る分に何の差支えがあるものか」 「フーム」 と、相手はうなって、 「それで、ご城代は何と言われた」 「なるほどそうじゃ。これは怒ったわしが大人気なかったと言われました」 「大人気ないと・・・・」 「さよう、何も大坂城の襖絵に、腸を投げつけるほどの事ではなかった。それはならぬと、あっさり断ったら、向うで折れて別のことを言い出そう。そのときにはまた、それを取り次げばよいのであった。顔が立たねば困るのは当方ではなく筑前の方であったわ・・・・と。お笑いなされてなあ」 「なるほど」 「それで、わしも京へ戻ったら、少しはご城代のお手伝いもいたしましょうと言うて来ましたわい」 「何を手伝うと言われるのじゃ」 「三河武士の覚悟のほどが、少しは筑前の耳にも入るよう、大坂城の出入りの商人たちに、通らぬ無理は言わぬものじゃと、噂をまいてやる気でいます。これはかくべつ、石川どのに頼まれはせなんだが、交渉ごとには、こうした世間の噂話が、けっこう人を動かすものじゃからの」 そこまで言って、茶屋は思わず吹き出しそうになった。すぐさっきは、今にも一刀両断と、襲いかかって来そうな二人が、テレ隠しに胸をそらして歩きだしたのだ。 「これ、お待ちなされ、まだ話が終わっておらぬ」 「もうよい」 「そっちでよくても、こっちに用がござりまする」 「なに、用があると」 「さよう、これから街道筋へ出て旅籠
をとらねばならぬわれら、この後もお前さま方のような人に出て来られては物騒
でならぬ」 「送れと申すのか」 「送るばかりでは念が足りませぬ。安堵
して眠れるよう、今宵は、木賃
のまわりに見張りをおいて下さるが、まことの親切でござりましょう」 「もっともだ」 と、相手は大きくうなずいて、 「そうしよう」 と連れに言った。連れもガクンとうなずいて、 「来るがよい」 茶屋は怖
えている手代をうながしながら、何となく泣けて来そうな気持ちになった。 |