全然子供のように単純な生
一本
さを持っている三河武士。この単純さがある限り、長男の信康を失って、いまは家康の第一子になっている於義丸を、人質に出すなどと言われたのでは聞き入れるはずはあるまい。 しかし茶屋が、数正にはっきりとそれを断る気になっていると聞かせると、それだけでもう、あっさりと殺意を捨てて、道案内に変わっているのだ。 竹を割ったようとは、このことを言うのであろう。それだけに、あとのことも思いやられた。 秀吉が果たして何と言うか? 数正が次に伝えて来るものが、また彼らを憤怒の底に叩き込まぬとは言い得ない・・・・ 「いや、これはかたじけないのう」 さっさと街道筋に向かって歩いて行く二人のあとから、茶屋はまた話しかけた。 「ここでは三河衆もしっかりと肚を決めておかねば、のうみなさま」 「いかにも」 「どの程度まで秀吉の申し分をいれてやり、どこから先は断じてならぬか、そのけじめをのう」 「それならばもう決まったことじゃ」 と、一人がぶっきらぼうに応えた。 「勝ち戦に何の条件も出さず、あとの事はすべて信雄さまに任せて兵を退いた。これがぎりぎりの譲歩じゃ。あとはない!」 「なるほど、しかし秀吉の方では負けたと思うていまいでの。そこが難しいところなのじゃ。もう少し戦うていたらきっと勝つ・・・・そう思うているに違いないのだから、この辺のことも少しは考えておかねばなりますまいて」 「その必要はない」 「というと、再び合戦になったら・・・・」 「そのときには思い知らせてやるばかり」 茶屋はそれなり話をやめた。全然負けると思っていない。そこに大切な強さのもとがあるのだから、家康や数正の説き伏せ難い苦心の程が思いやられた。 無理に味方の弱みを説いて、この大自信を揺るがせたら、それこそ角
をためて牛を殺すもの再びこの壮烈な士気は取り戻せまい。 (そうか、これで、同じ肚を持っていながら、本多作左衛門は強気一本で押して見せるのか) その夜茶屋主従は、二人の武士が案内してくれた越前屋という木賃に泊った。 その旅籠の亭主は、よく二人を知っているらしい。しかし茶屋はあえてその名は訊ねず、彼らはその夜一椀ずつの濁り酒に舌つづみを打ってやすんだのだが、夜中に厠
へ起き出してみてハッとなった。 何という義理堅さであろうか、彼らは夜中も、この旅籠をひっそると取り巻いて、茶屋の一行を警護してくれたのだ。 あの角
、この庇
の下と、数えてみると四つ五つに人影は殖えている。 茶屋四郎次郎は、その人影を見たおかげで、かえってその夜は寝そびれた。 愚直とは思いたくなかった。やはり鉄壁
の律儀さを持っている。このように正直な剛直な気風がほかにあるであろうか・・・・? それだけに恐ろしいものと感ずるのは矛盾
であって矛盾でなかった。 (なるほど、このために、供物
になろうと、数正どのは考えておられるのか・・・・) 翌朝、茶屋は暗いうちに岡崎を発って京をめざした。彼もまた平和の供物にならねばならぬと、深く決するところがあるからだった。
|