「よい。茶屋であっても松本氏であっても、それはわれらの問うところではない」 黒い影は用心深く一定の距離を保って、 「おぬし城内に誰をたずねた」 茶屋は大人
げないと思いながらもムッして、 「それを言わねばどうなされまする」 「斬る!」 まことにあっさりと、竹を割ったような答えであった。 「ほう・・・・これは耳よりな」 茶屋にもまた三河武士の血が流れている。語尾に笑いを交えたのは、せめてもの自制であった。 「お城へご挨拶にあがって斬られたとあれば話の種
、何かこの茶屋に不都合がござりましたか」 「ある」 「と、だけでは得心
がゆかぬ。どのようなご不審であろうか」 「おぬしはこれから京へ戻ろう」 「仰せのとおり、徳川家の呉服ご用、京の茶屋でござりまするゆえ」 「おぬしは筑前が出入りの者と特別懇意
と聞いている。中には、おぬしを、小牧の陣中へまぎれ込んで来た筑前が間諜
という者もあるが、それまでは信ぜぬ」 「なるほど」 茶屋は感心したように嘆息をついた。 「そのような噂がございましたか。なるほどそれはお信じなさらぬ方がよい。まことこの茶屋が間諜ならば、お館さまがとうに斬っておしまいなされたはず。して私が、行く先を申し上げましたら・・・・」 「申せ。しかと」 「ハハハ、ご存知でござりましょう。ご城代、石川さまのもとへ、お別れの挨拶に参ったことは」 茶屋がすらすらと答えてゆくと、二つの影は、ちょっと顔を見合わせた。 はじめの短気そうな態度が、しだいに落ち着きを取り戻して来ている。 「申せ。ご城代が、おぬしに話したことを」 「これはしたり。話したことは世間話で・・・・」 「それを申せ」 「申さねば、やはり斬りまするか、この茶屋を」 「そうだ、斬る!」 「やれやれ、では話さずばなりますまい。ここで斬られては身代
限りじゃ」 再び噴き上げて来る怒りをおさえて茶屋は笑った。 「筑前が人質を出せと申して来たと、ひどく怒っておられました」 「怒っていたと?」 「されば、このようなことを重ねて申さば、大坂城の奥絵に、腹かき切って叩きつけて来ると、それはもう大そうなお腹立ちで・・・・」 「嘘はないな」 「嘘・・・・嘘とは心外な。茶屋も以前は三河武士。白刃が怖
うて嘘をつくような腰抜けではござりませぬ。それゆえはっきりと申しました。そう腹をお立てなされては損でござりましょうと・・・・」 「なに損だと!?」 相手はまた顔を見合わせてうなずきあった。 二人の手代はどうなることかと、木蔭にひそんで、ハラハラと、震えながら対話に耳をかしげている。 |