茶屋四郎次郎は、凍
りついたような表情で石川数正を見返していた。 これで「ハッキリと数正の肚は分った。 数正は ── 人質のことは承服できない。が、もし養子として迎えるとならば、秀吉の言い分をそのまま通し、お万の方の産んだ二男の於義丸に、側小姓として数正のい子の康長
と、本多作左衛門の子の仙千代とをつけてよこそう。 「── それでお納得
が参らずば、それがしには、主君家康を説き伏せることはできませぬ」 名を取るか実を取るかと、開き直って秀吉に最後の切り札を突きつける気なのに違いなかった。が・・・・ (はたしてそれをそのまま秀吉が呑んでくれるかどうか・・・・?) と、なると、数正も自信はないらしい。 茶屋が考えても同じであった。というのは秀吉が、こんどの戦では、ひどく名分を気にしているからであった。 世評が家康の強さをたたえ、 「──
こんども戦だけは筑前どのの負けであったぞ」 大坂城内にまで、そんなひそひそ話がひろがっている。そうなると、なかなかもって、あっさりと養子のことなど承知しそうに思われない秀吉だった。 「もう一つだけおうかがいいたしまする」 「聞くがよい。話しついでじゃ」 「石川さまは、この申し出を、秀吉どのがあっさり聞き入れる代わりに、別に条件をお出しなされた場合には何となされまする」 「なに、承知する代わりに別の条件を!?」 「はい、私はそのように思われまする。ここではたとい親類と言う名目でも、和議を結んだ方が秀吉どのにも利がござりまする。それゆえ、強く押せばあるいはご承諾なさるかと・・・・」 「そして、その代わりに、何を求めてくると思うのじゃ」 「はい、この茶屋の考えでは・・・・」 四郎次郎は、慎重に首をかしげて、数正の表情を見つめながら、 「家康自身、於義丸さまを連れて大坂城へ参るよう・・・・そう仰せられるような気がしてなりませぬが」 「なに、わが君が直々
に・・・・!?」 数正の顔はサッと困惑に曇っていった。 言われてみると、確かに数正にもそう思われて来るのである。 (問題は秀吉の顔を立てる事にある・・・・)
剛腹 そうに、家康の子の於義丸を養子にしたと見せかけて、家康を大坂城へ呼び寄せ、大勢の大名たちの前で家来扱いにしてみせる。その事で、自分の地位と実力をハッキリとさせさえすれば、秀吉の顔も立ち虫も納まるのかも知れない。 「なるほど、これはありそうな事・・・・」 「私は、たぶんしうなりはせぬかと存じまするが、そのときにはお受けなさりましょうか石川さまは」 石川数正はそっと首をふって嘆息した。 「お館がご承知なされても、なんで家中の者が大坂などへやるものか。それは欺して斬る気じゃと、いよいよ疑惑を深め騒ぐばかりじゃ」 こんどは茶屋四郎次郎が、何度も小さくうなずき返した。彼のもまた、これは無理・・・・とはじめから分っているのだった。
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