茶屋四郎次郎はぐっと胸がせつなくなった。 家中第一の忠臣が、訪れる者の生命を案じなければならぬほど、大きな誤解を受けている・・・・ 「石川さま、この茶屋めは、武士と縁切るこんごの門出
、思い切ってお訊 ね申し上げたい儀がありましてお邪魔
いたしました」 数正は、いぜん脇を向いたまま、 「言ってみさっしゃい。答えられることならば、旧
いよしみで話さぬものでもない」 「ありがたき仕合わせ・・・・」 茶屋はどこまでもいんぎんに一礼して、 「秀吉方からの人質の申し出で、お館さまは、ご承知なされたのでござりましょうか」 「その儀か・・・・」 数正は大きな吐息といっしょに、はじめて茶屋を正視した。 最初の不機嫌な表情とはおよそうらはらの悲しく澄んだ凝視
であった。 「その事で、近々またこの数正、秀吉どののもとをたずねることになっている」 「ご承引
の旨、お伝えに」 「いいや、お断りじゃ」 「えっ! でも、お館さまのお心は・・・・」 「茶屋、家中のことはの、殿のご一存だけでは決めかねる事もあるものだ」 「しかしそれは・・・・」 「大反対の張本
は、名指しでお仙 (仙千代)
を人質にと言われた本多作左・・・・作左の眼の黒いうちは、伜どもを秀吉のもとへなど人質に出すものか、強
いてと言わば、お仙を連れて牢人すると、皆の前ではっきりと言いきったわ」 茶屋はそっとうなずいた。 作左衛門の言ったことなら、さして気にする事はない。作左衛門と数正とは、はじめから家康と打ち合わせてあったはず・・・・そう思ったからであった。 「茶屋」 「はい」 「こなたは、堺衆
に知己があったの」 「はい、納屋
焦庵 、津田宗及、万代屋
宗安、住吉屋 宗無
などとは」 「宗易
(利休) はどうじゃ。面識はなかったか」 「ござりまする。いまでは秀吉どのが特別お目をかけさせられてござりまするようで」 数正はうなずいてそのまま話をそらしていった。 「こんどの人質一件は秀吉どのに、無理があった」 「なるほど・・・・」 「信雄さまと秀吉どのとの和議に、お館さまが一言も邪魔を入れなんだは、義によって終始しようとの、あっぱれなお心がけ・・・・勝った戦に一紙半銭の報
いも望まず、黙って兵を退くほどの、武将がかってあったであろうか」 「それは、ござりますまいとも!」 「そのお館さまに、人質出せとはとんだ筋違い。信雄どのならば、どのような条件を出そうとそれは当方の知らぬこと・・・・事のついでに徳川家へも、とあっては、兵を退かせて欺
したものじゃ・・・・と、言われてみると、この数正も出直して来ねばならぬ道理じゃ」 茶屋四郎次郎は、吸いつくような眼になって、じっと数正を見つめ続けた。 数正はこれも、茶屋を見つめたまま、いつか眼のふちを赤くしている。 おそらくこの辺りの、数正の苦衷
を裏から秀吉の耳に入れる手段はないものかと、謎
をかけているのに違いなかった。 |