松本四郎次郎清延は、また以前の茶屋四郎次郎にもどって、二人の手代を伴
なって浜松から京へ戻る途中であった。 すでに季節は十一月の下旬で、岡崎へつづく街道の葉をおとした欅
並木 に、木枯
が音をたてて吹き荒れていた。 四郎次郎は、ときどき立ちどまって草鞋
の紐 を締め直しながら、なぜともなしに目頭
が熱くなってならなかった。 春からこの月の始まで一年近く続いた戦は終わって、いま、家康と秀吉の間には講和がなろうとしている。 いや、なるものと見きわめて、再びもとの町人に戻る事を許された茶屋であった。 「以前にはな・・・・」 茶屋は、足をとめて待つ手代に、 「町人になりきろうとしながら、ときどき武士の暮らしを忘れかねたもの・・・・だが、こんどという今度は、ふっつりと縁を切れそうじゃ」 手代は主人が何を言い出そうとしているのか分らぬらしく、笠のうちであいまいに顔を見合わせてうなずき合った。 「武士というのは、どこまで罪の深いものかのう・・・・」 「戦を、するからでござりまするか」 「そうじゃ、戦もする・・・・」 四郎次郎は、これもべつに二人に分らせようとしているのではないらしく、腰をのばして、暗澹
とした空を見上げながら吐息
をした。 「義理という、目に見えぬ縄
でがんじがらめにされてな、身動きもようできぬ・・・・それにまわりの人々も単純すぎる」 「さようでございますかな」 「そうじゃ。わしが、何でこのようなことを言うか、お前たちには分るまい」 「はい」 「ハハ・・・・、分るはずはなかったの。わしは、分るように話してなかった」 「さようでございます」 「実はな、わしはいま、岡崎で、さるお人の会って行こうか、止そうかと、そてに迷っているところじゃ」 「岡崎の・・・・どなたさまでござりまする」 「うん、話しても詮
ないことじゃが・・・・」 自分で自分に言いきかせるように、 「ご城代の石川数正さまにな」 手代は、またちらりと眼を見合ったまま黙って歩いた。 彼らには城代といえば、偉い大将と分る程度で、それ以上の感慨はなにもなかった。 茶屋はそれに気づいたと見えて、また淋しげに笑っていった。 「石川さまと言えばの、こんどの戦で、どれほどご家来衆の生命をお助けなされたか分らぬ、大恩人じゃ」 「ご家来衆の生命を・・・・」 「そうじゃ。小牧にあって、味方に無駄な戦を一切
させなかったのはこのお方じゃ。ところが、いまはそのお方が、ご家来衆に自分の生命を狙われてござらっしゃる」 「大恩人が・・・・で、ござりますか」 「そうじゃ!」 と、茶屋は首をすくめて、 「う、寒い。みぞれ模様
になって来たの」 「はい」 「よし、やっぱり寄って参ろう。商人に戻ってはまた逢うこともあるまいからの」 |