〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part \』 〜 〜

2011/10/25 (火) 鹿 と 瓢 (五)

常軌じょうき を逸した人間の行動・・・・と言っても戦場では決して珍しいものではなかった。遭遇戦の場合は十中七までは逆上するのが通例で、これがもし半数にとどまったら、大勝を博するか、退廃を喫するかだと言われている。
理性は、相手のすき をよく見出すと同時に、恐怖感をも倍加する。したがって、適度に逆上させ、適度に落ち着かせるのが用兵の妙なのだ。
秀吉は、味方が本多勢と打ち合うのを、あえて止めはしなかったが、停まらせもしなかった。
「面白い奴じゃの、平八という奴は」
彼は絶えず馬を急がせながらときどき大声で笑った。
「しかし、家康はよい家来を持ったものよ、生命を投げ出して、われらの進出を遅れさせようとしている。あやつ、いまに、わしが家来にしてくれよう。殺すな殺すな」
この言葉は、逆上しかけている味方を、危ういところで引きとめて、ついに戦場は長久手に近くなった。
このころ池田勢は、紀伊守元助もまた安藤彦兵衛直次に首を討たれて、わずかに生き残った輝政をよう して、その士卒は士段味しだみ 、水野、篠木、柏井方面へ潰走中で、時刻はすでに正午をすぎていた。
本多平八郎忠勝は、しだいに冷静さを取り戻した。
自分を相手にしない秀吉の急行が、何を意味するかが分ってきたのだ。
(秀吉め、ただ一筋に殿との決戦を求めている・・・・)
そうなれば、忠勝もまた道草など喰っていられる場合ではなかった。
少しも早く家康の本隊に合して、秀吉の大軍を迎え撃たなければならない。
「ようし、先に廻って、待ち伏せしてやる。鹿の餌食えじき を覚悟のうえで、ゆるゆるとやって来いッ」
忠勝は悪罵を投げて、真昼の陽の下で、ぐんぐん秀吉勢をぬき出した。
せいぜい五百騎あまりのこととて、その進退は軽捷けいしょう だった。
秀吉はいぜん相手にならず、矢田川をわたり草掛くさかけ をすぎて、ついに本多勢を見失った。
銃声はしだいに少なくなり、重なりあった四囲の緑に、うららかな晩春の陽が嘘のように静かにあたっている・・・・
(これはおかしい・・・・)
秀吉が、小首をかしげだしたのは九ツ半 (午後一時) 。 すでに長久手へ着いているのに、どこにも敵らしいものの姿が見えなかったからであった。
(これはあの鹿めに一杯食わされたかも知れぬ・・・・)
本多忠勝が、あのふしぎな挑み方で、わざわざ自分を長久手へ誘い出したのではあるまいか? という疑念であった。
もしそうだったら、家康は、その間に池田勢を追って、秀吉とは逆に小牧の方向へ、退くと見せて進んでいったことになる。
(もし留守を衝かれたら、どうなろうか?)
知略に けた秀吉だけに、一度疑念が湧きあがると、それはそのまま自分をしばなわ になった。
彼は、稲葉一鉄を声高こわだか に呼んで、性急に敵状の偵察を命じていった。

「徳川家康 (十) 著:山岡荘八 発行所:講談社 ヨリ
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