いかに弱小な敵であっても、襲いかかって来るものはあしらわ
ねばならぬ。 (いっそのこと踏み潰して通ってゆくか? それとも少人数を割いて残してゆくか・・・・?) その二途しかないのだが勝入は、ここでそのようなことを考えさせられるのが忌々
しくてならなかった。 彼の胸裏へ昔の夢が甘く翼
を広げていたときだけに、いっそう小癪な気がしたらしい。 「城が見えまする」 「おお見えて来たぞ」 と、誰かが言った。 「なに、城などというほどのものかあれが、。大百姓の屋敷ほどもないわ。よし、あの空き地へ曳
いていって馬をとめろ。残す者を決めてやろう」 しかしそこで、どれだけの兵隊を割いて行くかが、また勝入の癇
にさわった。 岡崎城にある本多作左衛門の剛勇を知っているだけに、このあたりへ残す兵が惜しかったのだ。と、言って、相手が三百とあれば、味方はその二倍か三倍の兵を残さねばなるまい。 (誰をこのにとどめるか・・・・) その事を考えていて、勝入は、敵の城が見えるということは、すでに、敵の視野に味方も入っているということを忘れてしまっていた。 「よし、残す者を決めよう。半右衛、清兵衛、ここへ来い」 言った時に
「あっ!」 と、馬の口を取っていた足軽がぶざまに道をふみはずし、同時に馬が、ガクリと膝
をついてしまった。いや、、膝をついたと思った瞬間に、ダダーンと一発、明けかけた天地をゆすって銃声がひびいたのだ。 「おう! 馬がやられた」 「敵じゃぞ」 「殿を・・・・」 勝入は、自分の前にサッと人垣の作られてゆく中で、ダダーンと、また七、八挺の銃の火を噴く音を耳にした。 「うぬッ!」 さすがに、見苦しく顛倒
はしていなかった。 手綱をつかんだまま地上へ立って、勝入は憤怒のやり場のないままに、はげしく倒れた馬の肩を蹴っていた。 「やられたわ。肩から胸を射ぬかれている。死ぬわいこの馬は」 馬は、がっくりと両脚を折ったまま悲しげにその主を見上げて、立ち上がろうともがいている。 「半右衛!」 「はッ」 「清兵衛!」 「ここにおりまする」 「こうなっては許せぬ。このままでは幸先
悪しとして士気にもかかわろう。朝の血祭り、岩崎城を踏み潰して通ろうぞ」 「では、このまま応戦して・・・・」 「応戦ではない。血祭りにあげるのじゃ。一人も残すな。すぐにかかれ」 「父上・・・・」 と、二男の三左衛門輝政が何か言ったが、それは興奮しきった勝入の耳には入らず、やがて、敵の発砲して来たあたりの櫓
めざして、味方の銃隊が、続けさまに弾丸を打ちだした。 ダダーン。 ダダーン。 しだいにあたりは明るくなり、愕
いて飛び立つ小鳥の群れが、黒ゴマを撒
いたように空に見えた。 |