「申し上げます」 勝入が立ちどまりもせずに行きすぎようとするのを見ると、こんどは伊木忠次が声をかけた。 「何だ清兵衛、おぬしも、岩崎城を血祭りにせよというのか」 「そうは申しませぬが、片桐どのの申し条、よく殿に通じておらぬように受け取りましたので」 「なに、通じておらぬとは、何のことだ。わしの耳はまだ遠くはないぞ」 言いながら馬をとめて、 「雨ははれたの、幸先
がよい」 伊木忠次は、片桐半右衛門の言葉をおぎなうつもりで、 「殿、当方では、歯牙
にもかけずに行き過ぎるつもりでも、万一城兵の方から仕掛けて来た場合はうるさかろう・・・・こう、片桐どのは申したものと存じまするが」 「向うから仕掛けて来る・・・・?!」 「はい、土民の知らせによれば丹羽氏次は小牧にあって、この城は弟氏重が留守している由、その氏重め、なかなかもって利かぬ気の男にござりまする」 「人数はどれほどじゃ」 「約三百・・・・」 「ハハハ・・・・たかが三百では、いかに木の勝った男でも、われらの前には立ちふさがれまい、捨ておけ」 「ご命令とあれば、むろん・・・・しかし、本隊をこのまま進めるためには、少数の兵なりを割いて参るが後のためかと心得まするが」 すると、はじめに口をきった片桐半右衛門がまた身をのり出した。 「そのことにござりまする。それがしももとにて捕らえた土民の言葉によれば、丹羽氏重、すでにわれらの動きを察して、息あるうちは城下を通すものかと、気負い立っておる由にござりまする」 「ウーム。そのような小癪
なことを申しておるのか・・・・しかし・・・・」 と、言って勝入は馬上で大きく首を傾げた。 この作戦で何よりも大切なのは進撃の速度であった。敵の気づかぬ間に岡崎城へ近づいて、城に詰めている本多作左衛門と家康との連絡を断ち切ること・・・・それゆえ秀吉からも、くれぐれも道草喰わぬようにと注意されて来ているのだ。 「では、このまま向こうが通すまいと言うのか半右衛は」 「通さぬときの用意がなければならぬ・・・・と、申されるのでござりましょう。のう片桐どの」 「いかにも、別に少数の兵を割いて、これがあしらいをさせねばならぬ・・・・その辺のご考慮を・・・・と、申し上げましたので」 「そうか、ただ蹴散らして通ったのでは、すぐに小牧へ連絡するか氏重は」 明けかけると、春の陽足
は早かった。すでに頭上はまっ白になり、霧のおりた地上の風物が、淡い墨色
で眼に入りだしている。 気がつくと、勝入の立ちどまっているすぐ八間前方に、二、三本木立がありその下へ小さくひろがった空地があった。 「そうか、向うから仕掛けて来る場合がの・・・・」 勝入は、いまいましそうに舌打ちして、その空地へ馬を入れるように口取りにあごをしゃくった。 |