勝入は狼狽した。一番怖れていた事態が、とっさに眼の前で重なりあった。 放火の罪を、やはり元助は身一つに引き受ける覚悟だったのだ。 「この元助が命を下さず、だれが、あのような事をするものか。さ、斬られませえ」 「たわけめ!
こなた、この勝入を盲にする気かッ」 「これはしたり、父上と話し合うても分らぬこと・・・・というより、筑前さまに堅くとめられていることを、わざわざ相談するほど元助は血迷うてはおりませぬ。さ、斬って軍律を正したうえ、この戦、並の戦ではないことを、しかとお悟りなされませ」 「な、な、なんと言う!」 勝入は白刃を持ったまま躍りあがって伊木忠次の名を呼んだ。 「忠次!
この逆上者を引っ立てよ。この臍
曲がりめは、いったん言い出すと理も非もなくなる痴
れ者じゃ。早く引っ掴んで謹慎
させよ」 その声の終わらぬうちに、 「忠次、只今それへ・・・・」 幔幕の外で答えて、 「起てッ!」 と、誰かを引っ立てて来る気配であった。 元助もきっと顔をあげてその方を見やってゆく。幕舎の中へ入って来たのは、伊木忠次と、その家来にうしろ手に縛られている、二十三、四の見知らぬ武者であった。 「立てッ、不埒
者め!」 伊木はもう一度その武者を叱りつけて、それから勝入に向き直った。 「小牧周辺の村々に火を放った不届き者、引っ捕らえて召し連れました。ご油断はなりませぬ。若殿元助どのが仕業
と見せて、こやつは敵の廻し者にござりまする」 「なに!? 敵の廻し者じゃと」 「されば、その名までついに白状いたしました。榊原康政が手の者にて為井助五郎と申す奴」 伊木忠次は威
猛高 にそう言うと、 「この場でお手討下されませ。さもないと、どのような小細工を、向後
も続けるか分りませぬ。あの高札と言い、放火といい・・・・」 「よしッ・・・・」 勝入は、忠次が縄
を解いて、茫然としている武者を足もとに引きすえると、さっと白刃をふりかぶった。 「あっ!」 と、人々は息をのんだ。 あまりに勝入の斬り方が早かったのだ。 自慢の太刀の下には、すでに武者の首がころがり、伊木忠次は、遮二無二元助を幕舎の外へ引き立てている。 小姓が走り寄って勝入の太刀を拭き終わったときには、忠次の他の家臣が、切り捨てられた武者の遺骸
と首をもう取り片づけにかかっていた。 勝入はその間、一言も口を利
かなかった。 ホッとするより、心に残った幾つかの、後味の悪い疑問のために、口も利く気になれなかったのだ。 勝入は黙って床几に腰をおろすと、 「みんな、遠慮せよ。わしはここで一眠りする」 ぐっと腕を組み、傲然
と両脚をふみ開いたまま眼を閉じた。 |